見出し画像

掌編#033 『誰も知らないルール』

男は、エレベーターの前で息を止めていた。
赤い数字が、四階から三階へ、三階から二階へ下りてくる。
一階で止まるまで吐かなければ、大丈夫。
何が、とは考えないことにしていた。

小さい頃、マンションのエレベーターを二往復できたら、好きな子に話しかけられることにした。
牛丼を三十秒で食べ終えたら、志望校に受かることにした。
白線だけを踏んで帰れたら、母は怒らないことにした。

妻は、手術室にいる。
赤いランプが点いている。
男はそこから逃げてきた。
数字は「2」で止まった。
誰かが乗る。
誰かが降りる。
肺が痛む。
男は、息を吐いた。
そのあとで、「1」が点いた。
扉が開く。
中には、誰もいない。
廊下の奥で、台車の音がした。

男は、開いた箱を見ていた。
次は、右足から乗る。

いいなと思ったら応援しよう!