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本は、出版してから育てる ── 「Living Book」という選択

先週土曜日、僕の本に、バージョン番号がついた。

v1.1.0。

ソフトウェアみたいだ、と思うだろうか。
そのとおり。出版したあとも、更新され続ける本をつくった。

7月11日、6月に出したばかりのKindleの書籍を、大きく書き直した。

出版後にnoteで深めた多くのことを、本に集約した。AIを「オンボーディングする」という視点で言葉を揃え、実装の方法を深め、より実践的な本にした。読者が自分の仕事で試せる本にするために、すべての章を組み直した。

すでに本を持っている人も、いつでも最新版をダウンロードできる。

出版した本が、そのあとも育っていく。

僕はこれを、Living Book──生きた本、と呼んでいる。


本を愛しているからこそ、悩んだ


僕は、本という文化を愛している。

起業家として、僕の師はいつも本だった。

会社の経営が行き詰まり、深夜に帰宅しては、屋根裏の小さな部屋で本を読んだ。『菜根譚』『老子』『貞観政要』『般若心経』、新しいところでは『夜と霧』など。どれも、長い間、一字も変わらずそこにある言葉だ。

本が現実の問題を解決してくれたわけではない。
けれど、目の前の現実をどう受け止め、どう生きるかを教えてくれた。

先の見えない日々のなかで、千古不易な知恵がそこにあること。
その時、本が、僕に残された最後の砦だった。

だから今も、紙の本が好きだ。書店という場所が好きだ。

その僕が、今回はKindleだけで、しかも更新し続ける本を出した。

本の文化から離れたかったからではない。むしろ逆だ。本の力を信じているからこそ、AIについて書くときだけは、これまでのやり方が通用しないと感じた。


書いているあいだにも、対象が変わる


本を書くには、時間がかかる。

調べ、考え、書き、削る。断片を並べるのではなく、その奥にある構造を探し、一つの体系にする。それが、本を書くということだと思っている。

ところがAIは、考えている間にも変わっていく。

新しい技術が出る。新しい研究が出る。昨日まで不可能だったことが、突然できるようになる。人とAIの役割も、企業での使われ方も、そこから生まれる問題も、原稿を書いている数か月のあいだに大きく動いてしまう。

だからといって、最新情報を追いかけるだけの本にはしたくなかった。

AIと人間は、どう役割を分けるのか。人間にしかできないことは何か。
AIによって、組織はどう変わるのか。

表面の変化に振り回されず、その奥にあるものを、時間をかけて考えたい。本の深さは、守りたい。けれど、変わり続ける現実にも、嘘をつきたくない。

深さと、新しさ。この二つは、両立するのだろうか。


部数を、捨てた


その答えとして、紙の本を出さず、更新できるKindleだけを選んだ。

著者にとって、部数は生命線に近い。本は、発売直後にどれだけ多くの人へ届くかで、その後が大きく変わる。書店に並び、話題になり、一時に大きな波をつくる。その力があるからこそ、それまで接点のなかった読者にも届いていく。

僕も、その価値をよく知っている。
だから、部数を手放す決断は、簡単ではなかった。

ただ、正確に言えば、読まれることをあきらめたわけではない。

捨てたのは、部数そのものではない。
発売直後に、一度に大量に届ける、という考え方だ。

発売日に高い山をつくる。その日から、本は少しずつ「過去の本」になっていく。でも、AIについて書く本に、その時間の流れは合わない。

だから、発売した瞬間を、頂点にするのではなく、生まれた日にする。

半年後に必要になった人には、半年分育った本が届く。
一年後にはじめて手に取る人には、その時点の知見が反映された本が届く。
そして、いつ買ってもそれを手にできる。

いわば、いつ手に取っても「最新刊」である本だ。


変わらないから救われ、変わり続けるから届く


あの屋根裏で僕を支えたのは、時が流れても風化しない言葉だった。

崩れていく毎日のなかで、変わらないものがそこにある。だから救われた。そして今、僕は、変わり続ける本をつくっている。

矛盾しているようで、たぶん、していない。
変わらないから救われることがある。変わり続けるから届くことがある。

どちらも、本だ。
だから不易流行でいく。変わらない価値に、新しいものを取り入れていく。

そして、もうひとつ。
変わり続ける本には、それを支える仕組みがいる。
仕組みがなければ、「育てる」は、ただの宣言で終わってしまう。


同意しない編集部をつくった


Living Bookとして、AIの進化スピードにあわせて、本を育て続けるにはどうするか。その意志を、僕がいなくても回り続ける形にする必要がある。

そのために、AIのなかに、仮想の編集チームをつくった。名前は、AURA。

世界の隅で生まれた新しい研究を探すチーム。それを、視点の異なる論者たちが正面から戦わせるチーム。そして、束ねて次の一手を決めるチーム。
さらに、届く言葉を磨くチーム。総勢30名強のAIメンバーを集結させた。

このチームにいちばん強く課したのは、僕に安易に同意しないことだった。

全員が賛成したら、それは合意ではなく、検品の漏れだと疑う。AIも人と同じぐらい同調する。だから、都合の悪い事実ほど、先に机に載せる。

先日も、そうなった。

批判的実証家──事実と数字だけを見る役が、こう切り出した。「AIに顧客の振る舞いをさせて、仮説を試すという記述がある。しかし、AIを過信すべきではない。本文で正面から書くべきだ。でないと、この本は都合のいいことだけ書く本になる」と。

別の週には、探索チームが響きのいい新しい概念を見つけた。これも実証家が止めた。「組織で確かめた証拠がない」。魅力的でも、証拠がなければ入れない。軽く触れる、という逃げも、認めなかった。

「現場を歩けば見える」と言っていた組織アーキテクト(ミンツバーグを模している)も、「一本取られた」と認めて立場を変えた。歩く回数を増やしても、歩く側の目が偏っていれば、同じ失敗をする──指摘の方が正しかった、と。

AIは、世界の変化を見落とさないためだけでなく、僕自身の思考の歪みや思い込みを見落とさないために置いている。

ただし、何を採用し、何を捨てるか。最後の判断は、人間が引き受ける。


noteはフロー、書籍はストック


そうして見えてきたことは、まずnoteに書く。noteはフロー、書籍はストック。流れていく思考を、その場で消費せず、検証し、ひと月ほどかけて、一冊の体系のなかに戻していく。

本を変えるのは、AIと僕だけではない。書籍を手にした人たちが、それぞれの職場で試す。うまくいったことも、いかなかったことも、その反応がまた本に戻されていく。正しいことを書いたつもりでも、人が動かなければ、何かが足りない。そのために、各章の終わりに、明日のあなたの行動につなぐためのプロンプトを例示した。

いま、この仕組みき、僕一人の手を離れ、外へも開きはじめた。読者が集い、現場で試し、持ち寄って語り合う。そこで生まれた知恵が、また本へ還っていく。

本を育てるのは、もう僕とAIだけではない。
本を読み、使い、鍛えてくれる人たちだ。

みんなで育て続ける本に、最終版はない。

だから、僕の本には、バージョン番号がついている。


最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

AI時代の組織論。この最新作、きっとあなたのお役に立つと思います。

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斉藤 徹(とんとん)
だかぼく三部作 公式ページ:https://torusaito.com/
株式会社hint:https://hint.co.jp/

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