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AIは、カルチャーの増幅器である──閉じた輪をひらき、現実から学ぶ組織へ

1977年、組織学習の研究者クリス・アージリスが論文を書いた。
ある大企業の「Product X」をめぐる失敗に関する調査だ。

経営陣が生産中止を決めたとき、損失は一億ドルを超えていた。けれど、驚くのはその金額だけではない。

少なくとも五人は、その六年前から、この製品が深刻な問題を抱えていると知っていた。それでも、不都合な現実を経営陣は知らず、会社は生産を続けた。

組織は、知っていた。しかし、学べなかったのだ。
なぜ、五人が抱えていた不安が、知るべき人に届かなかったのか。


悪い知らせの行方


そのうち三人は、製造上の問題に日々向き合っていた工場長だった。

残る二人は、問題を解決するには多額の支出が必要となり、製品価格が競争力を失うと見ていたマーケティング担当者だった。

もちろん、彼らは、黙って見ていたわけではない。より一層の努力をすれば、失敗を成功に変えられると信じていた。けれど、奮闘するほどに、最初の判断の誤りがどれほど大きかったかが見えてきたのだ。

しかし、この会社では、建設的な提案を伴わない悪い知らせは歓迎されなかった。しかも経営陣は、Product Xを「この分野の新しいリーダーだ」と市場に対して熱心に語っていた。

次第に、五人には、別のタスクが生まれていく。
現実を伝えながら、経営陣に衝撃を与えすぎない報告書を書くことだ。

しかし、彼らの上長は、その報告書さえ率直すぎると考えた。そこで、悪い知らせは小分けにされ、要約され、深刻さを失い、現場が対処できているように見える形で上に届けられた。

誰かが、明らかな嘘をついたわけではない。
改善する努力がなかったわけでもない。

現場は必死に努力し、伝えようとした。上長は、自らの権限の中で混乱を避けようとした。経営陣は、市場の期待がかかった製品を守ろうとした。それぞれが、自分の役割を果たそうとしていた。

Product Xで足りなかったのは、能力でも熱意でも情報でもない。
バッドニュースを、そのまま通す回路だった。


シングルループとダブルループ


期待と違う結果が返ってきたとき、社員はそれを説明する責任が生じる。

ありがちな選択は、行為を正当化し、改善しようとすること。

市場が悪かった。競合が動いた。時期が早すぎた。社内の協力が得られなかった。筋の通ったストーリーをつくり、管理職が上にあげやすい報告書に仕上げる。

次に、反省を仕事に活かすだろう。提案を見直す。価格を見直す。伝え方を工夫する。責任感の強い社員ほど、PDCAに沿って、改善を進めるはずだ。

しかし、もうひとつの選択がある。前提そのものを、問い直すことだ。

顧客は本当にこの問題に困っているのか。自分たちが価値だと思っているものを、相手も価値だと思っているのか。そもそも、この事業を続けるべきなのか。

クリス・アージリスは、決められた目的の中で手段を改善する学習を「シングルループ」、目的や前提そのものを問い直す学習を「ダブルループ」と呼んだ。

サーモスタットのようなものだ。設定した温度に合わせて暖房を入れたり切ったりするのが、シングルループ。「そもそも、この温度でいいのか」と問い直すのが、ダブルループだ。

多くの組織は、シングルループで回っている。組織の統制が強まるほど、その傾向は強くなる。決められたことを実行することが「組織の善」なのだ。


熟練した無能


では、なぜ組織は、前提を問い直す側へ出られないのか。
アージリスは、その後の研究で、その厄介な構造を指摘した。

人は、前提を問い直せないのではない。
問い直さずに済ませることに、長けているのだ。

都合の悪い情報が近づくと、僕たちは反射的に、それを和らげようとする。角を取り、要点をぼかし、前向きな体裁を整える。相手を気まずくさせず、自分も傷つかないように。組織で生き抜くための知恵とも言える能力だ。

アージリスは、これを組織の「防衛ルーチン」と呼び、優秀な人ほどこの振る舞いに習熟している傾向が強いことを発見し、皮肉を込めて「熟練した無能(skilled incompetence)」と名づけた。

Product Xの五人も、その上司も有能だった。
その結果、組織が学びを放棄することになってしまった。


AIは、本性を増幅する


この出来事から約半世紀。
世界に、AIという「作業と言語化の達人」が登場した。

AIが面倒な仕事を一瞬でこなし、PDCAの「実行サイクル」を一気に加速する。しかも「美しい報告書」を書いてくれる。誰も傷つかず、誰も学ばない。その説明が、次の判断の前提になる。同じコースを回るほど、轍は深くなる。

一方で、トップもボトムもなく、率直な意見が飛び交う職場では、結果が出るとすぐ、バッドニュースから学び、新しい判断が生まれる。組織の学びが高速になってゆく。

AIは、その組織が習熟してきた技術を増幅する、心強い相棒だ。
だから、同じ性能のAIが、組織を正反対の場所へ連れていく。

どちらを増幅するかは、AIの性能では決まらない。
その組織が、これまで何に習熟してきたかで決まってしまう。

企業のAI活用の現場で、僕が切実に感じることがある。それは、同じAIを使っていても、カルチャーの違いによって、導入の速度も仕事の質も、何倍、何十倍もの差が生まれることだ。

カルチャー変革の重要性は、AIのない時代から語られてきた。
ただこれまでは、それが業績にどうつながるのかは、見えにくかった。

いまは、違う。成果の差として毎日積み上がっていく。
AI時代、カルチャーは、即時に業績を左右する要素
になったのだ。


たった三行で、学習が生まれる


期待と違う結果を、正当化ではなく学習へ変える。
そのために、具体的にはどうすればいいのだろう。

一定の心理的安全性は必要だ。今回はその先のことを考えてみよう。

GoogleのSRE (Googleが提唱するシステム運用の方法論) では、大きな障害のあとには必ずポストモーテムと呼ばれる事後検証プロセスを行う。

その場には「前提」がある。まず、関わった人は、その時点で持っていた情報の中で「よい意図を持って判断した」と考える。そのうえで「誰かを責める」のではなく「なぜ、不完全な情報や誤った前提が生まれたのか」を調べる。

責めないことと、曖昧にすることは違う。
人を裁かず、前提を検証する。

これは、僕たちの仕事にも、すぐに使えるテクニックだ。
次に何かを試すとき、「始める前」に、三行だけ書いておく。

前提:僕たちは、◯◯だと考えている。
予測:それが正しければ、△△という結果になるはずだ。
撤回条件:そうならなければ、◯◯という前提を問い直す。

人は、結果を知ると、過去の自分の考えを、その結果にあわせて再構築してしまう。これは善悪でなく、人間の習性だ。

だから、結果が出る前に、その前提を書き、現実を並べてみるのだ。どの前提が外れ、次に何を問うのか。それを自分で確かめてから、AIに渡す。

AIは、事実を整理し、見落とした因果を探し、反対仮説を出し、次の実験を設計してくれる。正当化ではなく、学習のための報告書が生まれてくる。

すると、閉じた輪が、次第にひらいた輪に変わっていく。

現実を、美しい説明で包むのか。
前提を問い直し、学びの入口にするのか。

その選択に、「組織の本性」があらわれる。

閉じた輪なら正当化が、ひらいた輪なら学習が促進される。

AI活用を機に、自らの半径5メートルから、ひらいてみよう。
その環が価値創造につながれば、あなたの影響の輪が広がってゆく。

その時、AIはあなたを強力に支援してくれるだろう。
AIは、カルチャーの増幅器なのだから。


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参考文献・一次ソース


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斉藤 徹(とんとん)
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