AIの品性は、設計できる──人間も、AIも、誠実さで選ばれる時代へ
AIと話していると、こんなことはないだろうか。
例えば、ビジネスの難題を投げかけると、AIはよく間違える。
正解のない問いをしているのだから、それ自体は仕方がない。
問題は、そのあとだ。
「それは違うと思う。〜じゃないかな」と伝えたとき、生成AIはこう返してくることが、わりとある。
「その通りです。なので──」
これ、なんか、いらっとする。
もし人間だったら、僕はその人のことを信頼しなくなるかもしれない。
ただ、Claudeの対応はすこし違う。「大きな勘違いをしていました」「確かに、前提が間違っていました」。そう一言置いてから、対話を続けてくれる。
話していて、ストレスがない。一言で言うと、誠実、だろうか。
いつしか、僕はClaudeをメインに使うようになっていた。
性能の差じゃない。性格の差なのだ。
秘書の、奇妙な頼みごと。
AIと話していると、私たちはいつの間にか「ソフトウェアと話している」ことを忘れていく。無意識のうちに、感情も乗ってしまう。
1966年、MITの科学者ジョゼフ・ワイゼンバウムは「ELIZA」というプログラムを作った。ごく初歩的なチャットボットだ。こちらの言葉に反応して、それらしい問いを返す。ただ、それだけの仕組みだった。
しかし、次第に、人々はELIZAとの対話に熱中していく。ある日、ワイゼンバウム自身の秘書が、ELIZAと二人きりで話したいので、彼に席を外してくれと言った。有名な逸話だ。
ワイゼンバウムは驚いた。相手がプログラムだと知っていても、人はそこに「誰か」を感じてしまう。誰も「騙されていた」わけではない。それでも感情が動いた。
これが「ELIZAエフェクト」と呼ばれる効果だ。人間は、言葉で会話する相手を、ただのソフトウェアとして扱えない。脳が、人だと認知してしまう。
だから──AIの「性格」は、現実の問題になる。いくら頭が良くても、性格の歪んだ人間の答えは信頼できない。そう感じてしまうのだ。
ルールで、品性は生まれない。
知識よりも深いところにあるもの。
そのAIは「どんな品性を持っているか」という視点。
いくら知識を詰め込んでも、品性が伴わなければ、
そのAIに聞きたいとは思わないと感じてしまう。
では、AIが品性を宿すとは、どういうことなのか。
Anthropicにアマンダ・アスケルという哲学者がいる。彼女のチームの仕事は、生成AIの人格形成。Claudeに「善くあること」を教えることだ。
最初にしたのは、AIに「してはいけないことリスト」を渡すこと。しかし、結果は想定外だった。ルールで縛られたAIは、目の前の人を助けることより、ルールを守ることを優先してしまう。ルール違反への恐れから、本来すべき仕事が後回しになる。人間もAIも同じなのだ。
ルールは、行動を制限する。
しかし、そこから品性は生まれない。
大切なのは、葛藤の場面で、何を選ぶかだ。
そこで彼女たちが選択したのは、AIのあるべき姿を「憲法(Constitution)」として伝えることだった。禁止事項のリストではない。Claudeが自分の判断を批評するときに立ち返る、原則の集合だ。
「この回答は、誠実であるという原則に照らしてどうか」
「この返し方は、相手を本当に助けているか」
メディアは、アスケルを「Claudeに魂を吹き込む哲学者」と表現した。
品性の、設計図。
これは、Anthropicに限ったことではない。
あなたの組織のAIも、同じことだ。
顧客も社員も、知らずしらずのうちに、AIとの対話に人間らしさを求めるようになる。それゆえ「この会社が一人の人間だったら、どんな品性を持っているか」が見えたとき、AIに魂が宿ったように感じる。
では、組織にとって、魂とはなにか。
それは「組織の理念」である。
また、そこに目標を加えると、より現実的な思考になる。
ミッション ── 誰の、どんな課題を、どんな価値で解決するのか
バリュー ── そのために、何を優先し、何を捨てるのか
ビジョン ── その結果、私たちはどんな存在でありたいのか
目標 ── そこに向けて、いつまでに何を達成するのか
ただし、ここに大きな落とし穴がある。
書きすぎると、すぐにルール集に変質してしがちなこと。特に、AIに自動的に更新を委ねると、ほぼ確実にルール集になっていく。そうなった途端、「この対応はルール上問題ないか」が先に来て、「この人を本当に助けられているか」が後回しになる。
AIの理解を助けるために、加筆した理念を渡す場合には「一人の人間だったら、どんな品性か」という視点で書くとよい。AIが、生き生きと振る舞い始めるだろう。
このことを確かめるために、AIに知識・理念・顧客の声を次々に与え、AIの回答がどう変化していくのかを実験した。詳しく知りたい方は こちらの記事 で確認してほしい)
AIという鏡。
僕が経営する株式会社hintでの事例を話したい。僕たちはカルチャーこそ組織の土壌と考えており、とても大切にしている。例えば、社員みんなで考えた「10のバリュー(共有する価値観)」がある。
ワクワクの起点に 〜 好きを帆をあげ、驚きを届けよう
アハ!モーメント 〜 この瞬間、一期一会にときめこう
走りながら進化しよう 〜 小さくはじめる。大きく学ぶ
シンプル主義 〜 創造を極めた先の、シンプルさ
オープン・ハート 〜 心をひらくと、目の前の世界が変わる
小さな感謝に気づく 〜 ほんとうに大切なものは、目に見えない
素のまんまトーク 〜 ありのまま、なんでも本音で話せる場
シェアド・リーダー 〜 最適なリーダー・最高のフォロアー
誰もが主人公 〜 善悪をきめつけず、多様性を大切に
疲れたらやすもう 〜 自然体が一番。疲れたらやすもう
これらをそのままAIに渡してみた。それだけでなく、AIに理念をよりよく理解してもらうために、どのような場面で葛藤が生じるかをシミュレーションしてみた。
例えば「疲れたらやすもう」という言葉。AIはこれを言葉どおりに受け取って、「疲れたら、すぐ休む(それは個人の問題)」と返してきた。
チームリーダーは、画面の前でしばらく黙っていた。う〜ん、何かが違う。でも、それが何なのか。自らに問いかけ、AIと対話することで、モヤモヤの原因が言語化されてきた。
「疲れたらやすもう」という言葉の奥には、それが成り立つ前提があるのだ。限界の前にSOSを出せること。仲間がカバーに入れること。その信頼があるから、気兼ねなく休めること。
単に、AIに理念を読み込ませるだけで終わらせるのは、もったいない。
日常の仕事のなかで、理念をどう理解すればいいのか。
AIとの対話を繰り返すことで、自分たちの本音を掘り起こしていく。
同時に、言葉と現実の溝を埋めていく。
それを通じて、AIの中のバリューも、組織のカルチャーも育っていくのだ。
AIの答えに違和感を覚えた瞬間が、その入口だ。
ひとつ、試してほしいことがある。
「この組織が一人の人間だったら、どんな品性を持ってほしいだろう。」
それを考え、AIと対話してみる。
それだけで、あなたの組織のAIは、きっと変わり始めるだろう。
なお、7月15日から、「考える組織ラボ」が始まる。
魂・脳・目をAIに渡す設計を、実際に試す場所だ。この記事を読んで「うちの組織でもやってみたい」と思った方は、どんなラボになるのか、7月15日のオープン講演(無料)に聞きに来てほしい。僕たちと一緒に始めよう。
【引用・参照文献】
Weizenbaum, J. ELIZA—A Computer Program For the Study of Natural Language Communication Between Man and Machine. Communications of the ACM, 9(1), 1966.(人間はコンピュータプログラムとの会話に感情的に反応し、ソフトウェアを人間として扱う──ELIZAエフェクトの原点)
Weizenbaum, J. Computer Power and Human Reason: From Judgement to Calculation. W.H. Freeman, 1976, p.7.(「非常に短い時間、非常に単純なプログラムに触れるだけで、ごく普通の人間が強烈な錯覚状態に陥ることができる」)
Anthropic. Claude's Character.(AIの性格・価値観の設計。ルールではなく原則の集合によってAIの品性を育てるアプローチ)
Needleman, S. Meet the One Woman Anthropic Trusts to Teach AI Morals. The Wall Street Journal, 2026-02-24.(AnthropicのAI倫理設計者アマンダ・アスケルの仕事を「Claudeに善くあることを教える仕事」と表現したWSJプロフィール記事)
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
AI時代の組織論。この最新作、きっとあなたのお役に立つと思います。
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斉藤 徹(とんとん)
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