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過去を裁く人、未来を育む人──「誰がやった?」が組織を壊す

月曜の朝。

先週の納品データに誤りが見つかった。
同じミスが、二つの部署でだ。

切れ者と恐れられるA課長。
苦労人で穏やかなB課長。

キャラが正反対の二人の上司が、同じような報告を聞いていた。


切れ者課長、穏やか課長


A課長は、静かに声を落として睨みを利かせた。

「誰がチェックした?」
担当者の名前が上がる。

「なんでミスを見逃したんだ?」
名指しされた社員が、青い顔をして、目を伏せている。

会議室の空気が固まった。

「このあと、部屋に来てくれ」
ミーティングは、10分で終わった。


同じころ、隣の会議室。B課長は、報告書を脇に置いた。

「何があったんだ?」
担当者が、起きたことを話しはじめた。

「それから、どうなった?」
隣に座る社員が、その影響を口にした。

「なるほど、そうだったのか」
B課長は、穏やかにつぶやいた。


すこしあとの経営会議で、進捗報告があった。

A課長のチームは、ミス報告ゼロ。
「さすがA課長。チームが締まっているな」
部長は満足げにつぶやく。

一方、隣の部署。B課長のチームは、様子が違う。
毎月のようにミスの報告が上がってくる。

「B課長、ちょっと管理が甘いんじゃないか」
部長の言葉に、B課長は「すみません」と頭を下げた。

ミス報告ゼロのチームと、毎月ミスが報告されるチーム。
あなたの会社なら、どちらが評価されるだろうか。

規律。緊張感。ミスを許さない指導。
A課長こそ、強い組織をつくるリーダーだ。
──多くの組織が、そう信じている。

そして、同じ問いに直面した研究者がいた。


研究者も、裏切られた


1990年代、ハーバードの大学院生だったエイミー・エドモンドソンは、大学病院の医療チームを調べていた。

厳しいチームも、穏やかなチームもある。数ヶ月かけてデータを集めると、結果はこう出た。厳しいチームほど、ミスが少ない。

データは、「厳しさこそ正義」と語っているようだった。

しかし彼女は、ある可能性に気づく。この数字が数えているのは、ミスそのものではなく、ミスの「報告」ではないか。

そこで研究助手を病院に送り、実際の現場を観察させると、逆の事実が浮かび上がった。厳しいチームのほうが、起きているミスは多かったのだ。

厳しい看護師長は、ミスをした看護師を問い詰める。すると人は隠すようになる。「自分がミスしたと思われたくない」という恐怖が、口を閉ざさせていた。

厳罰は、一時的に組織を固める。だが、学習する力を殺してしまう。

彼女はのちに、この「報告しても罰されない」感覚を「心理的安全性」と名づけた。グーグルが「チームづくりで最も大切な基盤」としたことで、世界に広がっていった。


さて、物語に戻ろう。

A課長のチームで、ミスが少なかったわけではない。
ミスが、見えなくなっていただけだった。

A課長がつくったのは、恐怖だった。
恐怖は、人を黙らせる。問題は隠蔽され、誰にも見えないまま水面下に沈む。次のミスの種になる。

B課長がつくったのは、安心だった。
安心は、人の口を開かせる。問題が表に出るので、対処できる。学べる。だから実際のミスは減っていく。

経営会議で称賛されていたのは「ミスが見えないチーム」であり、
叱られていたのは「ミスから学ぶチーム」だった。

ただし、忘れてはならないことがある。
A課長に、悪意はないということだ。

再発を防ぎたい。顧客に迷惑をかけたくない。会社が望む成果をあげたい。
その真剣さが、彼を犯人探しに向かわせている。

ここに、この問題の根深さがある。


安心だけでは、足りない


そうか、優しくすればいいのか。
単純に、そう思ってしまいがちだが、落とし穴があるので注意してほしい。

安心だけを与えればいい。そう考えるリーダーのチームは、ぬるま湯に浸かる。「ミスしても大丈夫」が、次第に「ミスしても構わない」にすり替わり、誰も本気で仕組みを直さなくなる。

統制の失敗が「隠蔽」なら、過保護の失敗は「無関心」。
どちらも、学習が死ぬ点では同じなのだ。

チームの状態は「関係性の維持」と「目的の達成」の二軸が鍵となる。

目的達成志向だけが高く、関係性が損なわれた「達成チーム」
人は恐怖に縛られ、口を閉ざす。──統制だ。A課長のチームだ。

関係性だけが良く、目的達成志向を失った「順応チーム」
居心地はいいが、達成への意欲が消えていく。──過保護で、ぬるま湯だ。

どちらも失った「無関心チーム」
人は仕事そのものへの関心を失い、組織の求心力が消える。──放任だ。

チームが学習能力を発揮できるのは、ただ一つ。
関係性と目的達成、両方が満ちたときだけだ。


問いの向きを、変える


さて、B課長はどう振る舞ったのだろう。
もう一度、あの月曜の朝に戻ろう。

「プロセスのどこで、見えなくなるんだろう」

誰かが、小さく口を開いた。
「あそこの引き継ぎが、口頭だけで……」
「あの時点では、情報がまだ来ていなかったので……」

少しずつ、全員が話しはじめた。
60分後、業務フローが書き換わっていた。
「じゃあ来週から、ここにチェックを入れよう」

誰も裁かなかった。名指しもされなかった。
その代わり、失敗を「学習の機会」と捉えた。

統制型の組織で育った管理者は、三つの技術を使い分ける。
厳しく導くか。優しく接するか。厳しさと優しさを組み合わせるか。

しかしもB課長がやったのは、そのどれでもない。
彼はただ、問いの向きを変えた

A課長の問いは、人と過去に向いていた。
B課長の問いは、仕組みと未来に向いていた。

過去を裁くのではなく、未来を変えよう。

ミスが発覚した直後の3分間、次の順番で問いを立ててみてほしい。

「何が起きたか」 を事実として確認する(プロセスを追う)
「なぜその現象が起きたのか」 をチームで探る(真因を見つける)
「次はどうすればよくできるか」 を全員で考える(仕組みを変える)

①と②で過去を見るのは、人を裁くためではない。
学ぶため。未来を変えるための、材料集めだ。

この順番で進めるだけで、会議の空気が変わる。
うつむく人が、口を開きはじめる。誰も裁かれないと、感じとるからだ。


公正な判断ってなんだろう


心理的安全性があれば、人は問題を語れるようになる。
しかし、もう一つ大切な問いが残る。

語られた問題を、組織はどう扱うのか。

「何をしても責めない」と宣言するだけでは足りない。どんな行動も「仕方がなかった」で済ませれば、組織は学ぶ力だけでなく、守るべき一線まで失ってしまう。

そこで生まれたのが、「公正な文化(Just Culture)」という考え方だ。

心理的安全性が、問題を語れる土台だとすれば、Just Cultureは、語られた問題をどう学びに変えるかの作法である。

基本はシンプルだ。
意図しない失敗には寛容に。意図的・無謀な行為とは明確な線を引くこと。

「問題」の大きさで人を裁くのではなく、背景にある「意図やリスク認識」に応じて対応を変えるという考え方だ。

  1. ヒューマンエラー:誠実なミスは守り、仕組みに学ぶ
    注意していても起こり得るミスを、個人の責任に帰結させない。安心して問題を共有できるように本人を守り、同じことが起きにくい仕組みへと改善する。

    例えば、営業担当者が、よく似たファイルを取り違え、古い価格の見積書を送ってしまった。本人を責めるのではなく、ファイル名や保存場所、更新ルールを見直しにつなげる。

  2. 危うい行動:リスクを軽く見た行動は、対話して背景を見直す
    慣れや焦りで本来の手順を省略したことで問題が起きたときは、責めるのではなく、なぜその行動が合理的に見えたのかを対話する。本人の判断だけでなく、目標や慣習、業務環境も見直す

    例えば、納期を優先し、担当者が確認手順を省略した場合。本人と話し合い、納期設定や職場の慣習を改善する。

  3. 故意・無謀な行動:一線を引き、カルチャーを守る
    重大なリスクを知りながら、意図的に無視した行動については、曖昧にしない。その行動を生んだ背景を丁寧に解き明かし、組織のカルチャーを守るためのガードレールを明確にすることだ。

    例えば、数字の誤りを知りながら、目標達成のために報告書を書き換えた場合だ。単なるミスとして扱うのではなく、本人と向き合い、何がそうさせたのかを聞く。そのうえで、同じ行動を繰り返さないために、本人と組織の双方が何を変えるのかを明らかにする。

大切なことは、起きたことを見過ごすことではない。
その問題を直視し、本人と向き合い、次の一手をともに引き受けることだ。

誠実なミスからは、仕組みを学ぶ。
リスクの過小評価からは、背景を学ぶ。
故意や無謀さには、一線を引く。


ミスは、必ず起きる。それは避けられない。
避けられるのは、そのあとに起こることだけだ。

犯人を探せば、心が閉じる。
黙認すれば、組織は衰える。
学習の機会と捉えれば、未来が開く。

来週の月曜、もし会議室でミスの報告が上がったなら。

あなたの最初の一言は、
過去を裁く言葉だろうか。
未来を育てる言葉だろうか。


最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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斉藤 徹(とんとん)
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