AIは導入するな、オンボーディングせよ──価値を生む人は、AIに何を渡しているのか
今や、AIに積極投資していない企業を探すのは難しい。
そのうち、AI投資に見合う効果を得られていない企業が、60%
AIを、事業の成長に変えられた企業は、わずか5%。
2025年9月、ボストン コンサルティング グループ(BCG)が世界1,250社を調べて発表した数字だ。60%の企業は、多額の投資をしても、売上やコストへの効果はごくわずか。一方の5%は、AIで大きな価値を生み、株主リターンまで動かし、その差はさらに開きつつある。
ツールは配った。研修もやった。ガイドラインも整備した。
それでも、なぜ成果に結びつかないのか──。
「生産性」の物差しが、AIの可能性を狭めている
うまくいかない理由を、現場のせいにするのは簡単だ。「リテラシーが低い」「変化を嫌う」──しかし、BCGの調査は、別の結論を出している。
分かれ目は、力点をどちらに置くにあった。
「引き算」か、「掛け算」か。
多くの企業がAIに期待しているのは、コスト削減と生産性向上だ。メールの下書き、議事録の要約、資料の叩き台。即効性があり、わかりやすい。
でも、それは「引き算の活用」だ。いまある仕事を、少し速くする。どの会社でも同じことができるから、差がつかない。「浮いた時間」を新しい価値に変えなければ、事業は成長しない。
60%と5%のあいだにある巨大な溝は、ここから生まれている。
では、5%の企業はどうか。BCGはこう表現する。自動化や生産性の漸進的な改善をはるかに超えて、業務プロセスをつくり直し、新しく発明することが。実際、価値創出で先行する企業の9割近くが、AIの価値の大半は、この「再構築」と「発明」から生まれると見込んでいる。
さらにBCGは、こう主張する。変革の焦点の70%は、テクノロジーでもアルゴリズムでもなく、人と組織とプロセスに置くべきだ、と。
生産性から、創造性へ。
人間とAIの得意分野を見極めて、そのコラボレーションから、いままでなかった業務プロセスを生み出す──「掛け算の活用」だ。
人間には、信念がある。経験がある。顧客の表情を読んだ記憶がある。
AIには、疲れを知らない思考力と、膨大な知識と、無限の視点がある。
この二つを掛け合わせたとき、初めてAIは「事業の成長」に届く。
では、どうすれば掛け算が始まるのだろうか。
AIを「導入する」のを、やめてみる
発想を、一つだけ転換してほしい。
AIを「導入する」から、AIを「オンボーディングする」へ。
新しい仲間がチームに加わったとき、私たちは何をするだろう。PCを配って「あとはよろしく」とは言わないはずだ。仕事の目的を伝える。積み上げてきた知識を渡す。そして、顧客に紹介する。それがオンボーディングだ。
ところが、AIに対しては、多くの企業が「配って終わり」をやっている。アカウントを発行し、使い方研修をして、あとは各自にお任せ。これでは、AIは「みんなのAI」のまま。頭脳明晰だが、会社を知らないインターンのような存在だ。仕事をお願いするには、ハードルが高いのだ。
AIにも、人間と同じオンボーディングをしよう。渡すべきものは三つある。
パーパス(P)──判断の軸。何を大切に仕事をしているか。
ナレッジ(K)──経験と知恵。積み上げてきた独自のノウハウ。
カスタマー(C)──顧客の本音。相手が求めているものはなにか。
この三つ、PKCをオンボーディングすると、"みんなのAI"は"自社を深く理解したAI"へと変わる。創造的なプロセスを生み出す基盤が生まれる。
ただし、全社一斉にはできない
ひとつ、大切なこと。
生産性と創造性には、決定的な違いがある。
生産性は、外発的にアプローチできる。ルールをつくり、研修を義務化し、KPIで測れば、一定の水準まで引き上げられる。トップダウンが効く世界だ。
でも、創造性は違う。創造性は、内発的なアプローチでしか高まらない。「創造的になれ」という命令で創造的になった人を、僕は見たことがない。自らの心が動くことで、人は創意工夫を始める。
PKCオンボーディングも、内発的な営みにすることだ。
だから、始め方が決定的に重要になる。
最も簡単なのは、全社一斉ではなく、一人からはじめること。
一人が試して、心が動く。チームに伝わる。
その体験がさらに隣に伝わる。驚きの連鎖こそ、創造性を広げる鍵なのだ。
「だかぼく」と同じ
ここで、少しだけ僕の話をさせてほしい。
2021年、僕は「だから僕たちは、組織を変えていける」──だかぼく──という本を書いた。成功循環モデルを核に、自分自身の行動から組織を変えていくメソッドだ。制度を変えなくても、自分の振る舞いを変えるだけで、循環は動き始める。だから、一人から始められた。
ワークブックや続編を含めて、20万人の方が手に取ってくれた。一番うれしかったのは、現場の一人から届く感想だった。「自分には何もできないと思っていた。でも自ら動いたら、チームが変わりはじめた」。
それから5年。人とAIがチームメイトになる時代が来た。そして、AI活用も、だかぼくとまったく同じ構造だと、僕は思っている。
命令でもなく、放任でもない。一人の内発的な一歩が、まわりに広がって、AIの創造性が組織に浸透していく。変革の起点は自分自身なのだ。
しかし、変わったことが、ひとつある。AIなしの組織変革は、一人の一歩が結果に表れるまで、時間がかかった。関係が変わり、思考が変わり、行動が変わり、ようやく結果が変わる。信じて、待つ力が必要だった。
PKCオンボーディングは、速度がまったく違う。明日の商談で、明日の企画で、すぐに成果に結びつく。その成果は目に見えるし、やる気につながる。あなたの成果が、まわりを動かす証拠になる。
変革の火種が、かつてなく育てやすい時代になったのだ。
では、AIにPKCをオンボーディングすると、どんな景色が見えるのか。
PKCを渡すと、AIは「あなた」に答え始める
会社の話に聞こえたかもしれない。
でも、この3つは、そのまま「自分への問い」になる。
P:パーパス──自分の判断の軸は何か。「数字より誠実さを選ぶ」「スピードより信頼を積む」といった、仕事の軸になっている信念だ。
K:ナレッジ──自分の強みとノウハウは何か。人より得意なこと、「言葉にしにくいけどわかる」経験知だ。
C:カスタマー──自分が価値を届ける顧客 (ユーザー) は誰か。その人は、何を求めているか。まだ言葉にできていないことは、何か。
この3つに答えて渡すと、何が変わるのか。
「明日の提案、どう仕上げよう」と相談すると、自分が大切にする『関わった人が、自走する状態をつくる』という考えに基づき、提案がつくられていく。文章が整うのではない。意志が宿る。それがパーパスだ。
そして、AIが出してきた叩き台に驚く。冒頭には、2年前につくった課題分析フレーム。締めは、自分が得意なリスク回避の流れ。忘れていた経験を、AIは覚えている。引き出せて、初めて知恵になる。それがナレッジだ。
「田中部長は、この提案をどう思いますか」と聞く。商談の前に、相手の本音に会える。どんな提案も、相手の「動けない理由」に触れなければ動かない。それがカスタマーだ。
信念を宿す。経験を注ぐ。顧客と事前に話す。心が動くポイントが、商談の前に見える。AIは、コスト削減の道具から、価値を生むパートナーに変わる。変わるのは、仕事の量ではない。質だ。
これができる人が増えたとき、企業は「AIが価値を生む5%」の側に入っていく。ChatGPTでもGeminiでもClaudeでもCopilotでも構わない。特別な技術もいらない。
許可を請う必要もなく、明日から、自分の未来のために始められる。
チームに渡すと、半径5メートルが輝く
一人でAIのパワーを体感したら、半径5メートルに広げてみよう。組織が定めたガードレール──セキュリティやデータ利用のルール──に従いながら、価値創造の輪を広げるのだ。
布教でも研修でもない。「試してみたら、凄かった」──体験を話す。
それだけでいい。心が動いた話は、心を動かす。
三人よれば、文殊の知恵。PKCを持ち寄ると、ベテランの判断と経験が共有財産になり、一人が拾った顧客の言葉が、みんなの解像度を上げる。
チームが、隣のチームに広げる。生み出される価値を確認したうえで、組織としての新しい業務プロセスに昇華させる。「自分を深く理解したAI」の集まりが、「自社を深く理解したAI」へと育っていく。
マトリョーシカのように広がり、AIネイティブ組織になってゆく。
実は、すぐに始められる
壮大な話に聞こえたかもしれない。
でも、この構造は一人から始まる。その一歩は、今日から踏み出せる。
一人で、PKCをオンボーディングしてみよう。
「渡せるものなんて、自分にはない」──そう思う必要はない。言語化は、AIが手伝ってくれる。自分の判断が問われる仕事を一つ選んで、AIにこう頼んでみてほしい。
「私の仕事で、どんな判断をしてきたかを質問してください。答えたあと、私の仕事の信条を三行にまとめてください」
問われて答えるうちに、自分の軸が言葉になってくる。30分後、画面に映る3行を見て、少し驚くはずだ。私が大切にしていたものが、言語化されたと。知識も顧客も、同じように対話で渡していける。少し対話するだけ。昔のように、時間をかける必要はない。
この記事も、新著も、この手法でつくっている。「これは自分の考えか、AIの考えか」という問いは、もう古い。PKCが入っているから、出てくるものは確かに自分のものなのだ。
まずは、30分。悩んでいる仕事を一つ選んで、試してみよう。
ひとりからはじめる。冒険のその先に
最初の30分には、続きを用意している。
7月15日、「考える組織ラボ」が動き出す。ユナイテッドトヨタ熊本をはじめ、新著「考える組織」を一足先に現場で試したメンバーが、自社で何が起きたかを持ち寄って話す日だ。PKCをオンボーディングした先の景色を、僕の理屈ではなく、体験した人の言葉で聞けたい。
この記事に詳しい実装手順を書かなかったのには、理由がある。手順は、読むものではなく、手を動かすものだからだ。だから、二つの形にした。
一つは、"一人からはじめる「考える組織」ワークブック"。
パーパス・ナレッジ・カスタマーの渡し方を、手を動かしながら進めるワーク。当日参加してくれた方全員へのプレゼントだ。
もう一つは、同日発表する新著「考える組織のつくりかた」。個人から始めて、チームで育てて、組織に広げる──PKCオンボーディングの実装手順書だ。
組織づくりは、もう一人じゃない。
まずは、組織のためより、自分のために。
最初の一歩、一緒に踏み出してみませんか?
7月15日 21時。オープン講演でお会いしましょう。
ご案内はこちらから [https://torusaito.com/]
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
AI時代の組織論。この最新作、きっとあなたのお役に立つと思います。
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斉藤 徹(とんとん)
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