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日本はかつて経済大国だった…「おしん」の時代を超えて

(この記事は、2025年7月6日に書いたレポートを改編したものです。したがって、データ等は、参議院議員選挙の前のものになりますので、ご了解ください。)

1983年度のNHK連続テレビ小説「おしん」は,1901年生まれ(昭和天皇と同い年)の設定で,山形の貧困小作農の娘から,戦後は流通業の女社長へと成長していく女性の一生を描いて人気を博した。

おしん役を演じたのは,小林綾子,田中裕子,乙羽信子の三人の女優。脚本家は橋田壽賀子だった。橋田はのちにこの作品を書いた意図をこう語っている。

乙羽信子さんのおしんは晩年にかけてスーパーの仕事に専念する。すると視聴者から「商売の鬼になっている」「こんなおしんは見たくない」といった反響が増えてきた。それこそ私が狙っていたことだった。あのころの日本人は金もうけに走りすぎて、本当の自分を見失っていなかったか。金もうけと人としての幸せの区別がつかなくなっていなかったか。私はおしんを通じてそう言いたかった。だからドラマは、おしんが過去の自分を見つめ直すシーンから始めたのだった。

橋田壽賀子『わたしの履歴書』日本経済新聞

「おしん」の歴史観とは何か?

「経済的には成功したが,何か大切なものを失ってしまったのではないか」という問いかけは,1980年代当時にはよく見られたものだった。私はすでに成人だったので,1980年代のことはしっかりと記憶にある。「おしん」もリアルタイムで見ていた。誰もが日本は経済大国であることを信じて疑わなかった。「経済的には豊かだが,精神的には…」という話法は,完全に常套句だった。

「おしん」は,国内ではおしんシンドロームと呼ばれるブームを巻き起こしたが,海外の多くの国でも大ヒットし,中には驚異的な視聴率を記録したところもあった。エジプトやイランなどでの熱狂ぶりはよく語られるが,当時の発展途上国にとっては,「おしん」によって体現されている日本経済のサクセスストーリーは羨望の的だったのだろう。

銀山温泉(山形県)、おしんの舞台
「おしん」の舞台の一つ,銀山温泉(山形県) (筆者撮影,2025年6月)
老齢のおしん(乙羽信子)は,自宅から飛び出してきてここに宿泊。翌日,雪に覆われた山間部の生家を訪れる。おしんの記憶にもとずく物語は,そこから始まる。

ミャンマーで働いた経験のあるある日本人によると,ミャンマーでも「おしん」の人気は絶大だったようで,このテレビ番組を見ていた世代のビルマ人には,特に親日感情が強いという。

その人が言うには,ミャンマーとタイとの国境付近に行くと,夜,川の向こう側(タイ)は電灯が明々と点いているのに,こちら側(ミャンマー)は真っ暗だったらしい(電気が来ていない)。大都市ヤンゴンでも停電が当たり前のようだ。

本レポートでは,日本経済史を(負の側面をもちつつも)経済成長のサクセスストーリーとして描く歴史観を,「おしん」史観と呼ぶ。その経済成長の成功体験が,”Japan As Number One”の観念を生み,ミャンマーを含む多くの発展途上国において「おしん」への熱狂を巻き起こした。

高度経済成長をクライマックスとする日本経済史

日本経済の歴史において,高度経済成長は1950年代半ばから1970年代初めにかけての20年にも満たない期間である。終戦の1945年から数えても,1973年までは30年足らずである。それに対して,1973年から今日(2025年)までは50年余りの歳月が流れている。

にもかかわらず,日本経済史の多くの叙述においては,高度経済成長の終焉までの30年間弱に分析が集中し,その後の50年間余りはオマケのように付け足されているだけである。

日本経済史の書籍の記述分量

戦後80年を,次の2つの時期に分けてみよう。こうすると,日本経済史の研究者の関心がどの時代にあるのかがよくわかる。

A: 1945〜1973年 (28年間)   /  B: 1973〜2025年 (52年間)

  • 沢井実、谷本雅之『日本経済史』(有斐閣,2016年)
    A: 129ページ       B: 15ページ

  • 武田晴人『日本経済史』(有斐閣,2019年)
    A: 100ページ       B: 41ページ

  • 谷沢弘毅『近現代日本経済史 下巻』(八千代出版,2020年)
    A: 全ページ       B: なし

  • 三和良一、三和元『概説 日本経済史近現代 第4版』(東京大学出版会,2021年)
    A: 49ページ       B: 71ページ

  • 中西聡(編)『日本経済の歴史』第2版(名古屋大学出版会,2023年)
    A: 49ページ       B: 61ページ

  • 野口悠紀雄『戦後日本経済史』(東洋経済新報社,2025年)
    A: 76ページ       B: 約300ページ

沢井・谷本(2016)や谷沢(2020)は,高度経済成長をクライマックスとして叙述を終えている典型であろう。武田(2019)では,新しい時代までのフォローアップが試みられているが,分量的にはまだ前半期に偏っている。

2020年代に入ると今日的な関心も高まったためか,三和・三和(2021)や中西(2023)では後半期が前半期を上回るようになっている。特に,三和・三和(2021)では最終ページ近くに,今日の日本経済の衰退に関する印象的な記述がなされている。

野口悠紀雄の新著の斬新さ

このような中で,今年の6月末に出版された野口(2025)は,圧倒的なページ数を後半期に集中し,日本経済の衰退のメカニズムを解明しようと試みている。野口は10年前(2015年)に出版した自著を反省し,次のように述べる。

いま反省すれば、2015年に刊行した『戦後経済史』は、戦後復興と高度成長、そしてバブルの描写が中心になっており、1990年代以降の日本経済衰退の問題を解明できていなかった。そもそも、この衰退が長期的で重大な問題であるとの認識が不十分だった。日本の衰退について論じているのは、同書の286~295ページと、エピローグ(307~321ページ)のみ。賃金の長期停滞を、図表6‐2ではっきりと示しているにもかかわらず、それを重大問題として論じなかった。何という問題意識の浅さかと、いま読み返して不思議に思う。

野口悠紀雄『戦後日本経済史』(東洋経済新報社,2025年), p. 10

野口は,日本経済衰退の原因は,中国の工業化アメリカのIT革命に対応する経済構造の大改革を行わず,円安政策によって高度経済成長期の経済社会体制を温存しようとしたことにある,と主張する。

私にはこの主張の妥当性を論ずることはできないが,ただ一つ言えることは,野口は今日の日本経済の病巣を直視し,その病巣が歴史的にいかに生成されてきたかを叙述しようとしていることだ。その意味で,野口の新著は,サクセスストーリーとしての「おしん」史観から決別し,失敗事例としての日本経済史を語ろうとしていると言える。

「日本の危機」を直視する政党への若年層の支持

各政党の支持率において世代間の差が顕著であることは,最近の各種報道から明らかである。次のNHKの調査(2025年6月30日)でも,国民民主党や参政党などは若年層の支持が高く,自民・立民・共産などは高齢者層の支持が中心となっている。

2025年6月 参議院選挙前トレンド調査(6月30日更新)
参議院選挙2025世論調査(トレンド調査/3週間前)NHK選挙WEB

上記表から,2025年6月30日時点での政党支持率を,18~29歳 / 70代との対比で見ると,自由民主党は15.8 / 37.3,立憲民主党は5.8 / 11.4,日本共産党は0.8 / 4.5と高齢者の比率が高くなっている一方,国民民主党は13.3 / 2.1,参政党は7.5 / 1.1と若年層の比率がきわめて高い。

参院選に関する各紙の序盤調査(2025年7月5日)でも,国民民主党や参政党の議席伸長が予想されているが,特にこの1〜2ヶ月での支持率上昇が著しい参政党の主張から,そこに反響する若年層の意識の一端を探ってみたい。

次の引用は,正確な日付や場所は不明だが,参政党代表である神谷宗幣の街頭演説の一部である。そこで,神谷は「日本はもはや経済大国ではない」と言っている。

長く[国会議員を]やられている方って,日本が経済大国だと思っているんじゃないかと思うんですよ。一人当たりのGDPで言ったら,もう韓国・台湾に抜かれているわけでしょ。ここですよ,我々が問題視しないといけないのは。いつまでもですね,経済的に豊かだという錯覚を持って,のんびりやっている場合じゃなくて,ほっておくと5年後,10年後,酷いことになりますよと言うことを,[国会議員の]皆さんにわかってもらいたくて,[国会で]質問しているわけです。

参政党代表 神谷宗幣の街頭演説 ←リンク先はYouTube動画

この演説は,「日本は経済大国」との幻想を払拭しきれていない高齢者層(および彼らが支持する政党の国会議員)に対して,現在の日本を危機と捉える若年層が,その解決策を求めている状況を反映しているとは言えないだろうか。

1人あたり名目GDPで日本22位、韓国に逆転許す 22年(日本経済新聞2024年12月23日)

おしんシンドロームから42年

日本が名実ともに経済大国だった時に放映された「おしん」,あれから42年の歳月が流れた。「日本はいかにして豊かになったか,その中で置き忘れてきたものは何か」といった問いは,現在50歳以上の人にしかピンとこないのではないか。

歴史観には正しいものも間違ったものもないので,私は「おしん」史観が誤りであると述べるつもりはない。ただ,今の生活に困窮している若年層にとって,のんびりとした昭和昔話が心に響くのだろうか,という疑念は残る。

現在の日本経済の危機を正面から見据え,その歴史的起源を探り,いくつかの解決法を提示できるようになれば,若年層にとっての日本経済史は新たな行動指針を与えてくれるものになるだろう。

[2025年7月6日脱稿]

追記

「おしん」が放送されていた1983年,国民的歌手として大スターだった松田聖子は,失恋の曲「瞳はダイアモンド」を歌っていた。🎵私はもっと強いはずよ,という歌詞を改めて聴くと,感慨深いものがある。

経済大国だったあの時代を,単なる「甘い記憶」にしていていいのだろうか? 日本を再びrichにすることはできないのだろうか? 私たちはもっと強いはずだ。

この記事を簡略にした英語版はこちら🔽

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