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【英国法】"Gross Negligence"の考え方 -英国法が準拠法となる契約の場合-

こんにちは。弁護士の古田俊文です。

久しぶりの投稿です。2025年1月初めのこちらの記事では、「2025年は毎月1回は記事を投稿していきたいと思っています」と書いていました。

その後、2月には記事を投稿したものの(こちら)、そこから音沙汰の無いまま、桜が散り、セミの声は止み、食欲の秋も終わってしまいました。もう2025年も残すところ3か月もありませんが、無理のない範囲で続けていきたいと思います!

本日のテーマは、英国法におけるGross Negligence(重大な過失)です。

契約交渉において、ある文言を「過失」にするのか、「重過失」にするのかで、やりあうことってありませんか?本日は、そのような場面で皆さまのお役に立てばよいなと思い、このテーマを選びました。

では、はじめます!


契約における「重過失」の意義

契約交渉で「重過失」という文言に出くわすのは、たいてい責任制限の場面ではないでしょうか?

売主の賠償責任について逸失利益の補償義務を外したり、賠償責任額の上限を100万ポンドに限定するような条項に対して、以下のような例外を付け加えるような場合です。

Provided, however, that these limitations of liability will not apply to any liability resulting from the Seller's gross negligence or willful misconduct.

買主側からのコメントとしてはやや弱気であることは否めませんが、交渉力の強いベンダー相手だと、責任制限条項を全消しして返したところでそのまま復活して押し返されるだけですので、このようなコメントを返すことも無きにしもあらずかと思います。

これに対して、売主側としては、もし過失の場合にまで責任制限が外されてしまうのであれば受け入れがたいものの、これが重過失となるのであれば、まあ譲れそうか、はたまた、譲れなさそうかを検討することになります。

つまり、「重過失」がどういう意味を有しているのか、という点がそっくりそのまま、契約当事者によるリスクテイクの判断基準となるわけです。

日本法では「重過失」はどういう意味なのか?

この議論の出発点は、おそらく失火責任法の「重大ナル過失」の解釈に関する最高裁判例であり(*1)、そこでは、重過失とは故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものとされました。

ご承知のとおり、失火責任法は不法行為法の特則ですが、契約法の裁判例・実務においても、今日に至るまでこの判示を踏まえた議論が展開されているという理解です(*2)。

そうなると、(準拠法が日本法であった場合)売主側の契約交渉担当者としては、故意に近いミスをしたことに対して責任を負えるのか否かという観点から、上記のような責任制限の例外を定めた条項についての受諾の可否を検討することになります。

英国契約法における「重過失」

では、英国の契約法の下では、重過失とはどのようなものを言うと考えられているのでしょうか?

確立した定義はない

英国の契約法は、重過失についての確立した定義を持っていません。

もっとも、重過失の概念は認識されており、英国の契約法の形成に重要な役割を果たしている裁判所の議論は、重過失と過失がどのように区別され、契約上の責任制限にどのような影響を与えるのかという点に集中しています。

種類ではなく、程度の問題である

肝心の過失と重過失の違いですが、これは程度の問題(a matter of degree)であり、種類(kind)の違いではないという点は、おそらく一般的に受け入れられています。

要するに、過失と重過失というのは、程度が違うだけの同じ種類の状態を指すものであって、別個の概念ではないということです。

明白なリスクに対する深刻な無視又は無関心:Red Seaテスト

英国契約法の重過失の議論においてしばしば参照されるケースとして、Red Sea Tankers Ltd v Papachristidisがあります(*3)。

事案の概要は割愛しますが、判決において、重過失とは、単に専門的なスキルと注意義務を怠る以上の何かであり、明白なリスクに対する深刻な無視又は無関心(serious disregard of or indifference to an obvious risk)であると述べられました。

このケースで示されたテスト(本稿では便宜上、「Red Seaテスト」といいます。)は、多くの事件で参照されており、いくつかある考えの中で主流といってもよいものだと、個人的には考えています。

その他の考え方

言っていることは結局同じという捉え方も方も可能かと思いますので、「その他の考え方」という風にカテゴライズすると誤解を生んでしまうかもしれませんが、重過失に関して、次のように表現するケースもあります。

・ 深刻なリスクを作出する深刻な過失
とある控訴院の事件の傍論で、注意義務違反の性質に加えて、引き起こされる結果の深刻性にも着目した考え方が示されました(*4)。もし、この考え方が、義務違反から想定される結果の深刻性ではなく、実際に生じた結果の深刻性を問題にするのであれば、Red Seaの規範とはかなり異なるものになりそうです。

・ 深刻かつ驚くべき過失;Jaw-dropping
比較的最近の事件で、重過失が認められるためには、危害の危険性が誰の目にも明らかであった場合に通常の注意を怠ったことが必要であると述べたものがあります(*5)。要するに「どうしてそんなことが起こるのか」と問い詰めたくなるようなミスのことであり、重過失とは顎が外れるような(jaw-dropping)過失であるとされました。

最終的には個別の事案による

英国の契約法における過失と重過失の区別は、言ってしまえば当事者の契約の解釈の問題です。ここまで紹介した重過失の解釈も、あくまで個別事案に対して判断を下す文脈で行われたものです。そのため、身も蓋もない話ですが、ある事案においてある過失が重過失になるか否かは、個別具体的な事情によるものと思われます。

契約書をドラフトするときの「重過失」

過失と重過失を区別する意義はある

ひとつ前の段落で、重過失か否かの解釈は個別の事案によると言ってしまいましたが、過失と区別することは無意味だとは思いません。各事件で重過失の捉え方は細かいところで差異があるものの、重過失が単なる過失を超えた注意義務違反を問題としているところは一致しています。

その意味で、過失と重過失の境界はあいまいとはいえ、過失の場合をカーブアウトすることがメリット(デメリット)になることは間違いないので、やらない手はないと思います。

責任制限を設けている側は注意:日本法との比較

ただ、責任制限を定める側が、重過失により生じた損害について、責任制限の対象から除くことを受け入れる場合には注意が必要です。

日本法が重過失のことを故意に近い著しい注意欠如と表現している一方で、英国の契約法においては、そのような説明の仕方は一般的ではありません。もしかしたら、日本法も英国法も重過失について言い方は違うだけで同じことを言っているのかもしれませんが、それでもなお、日本法が故意に言及している事実は重いと個人的には思います。

過失はどこまでいっても注意欠如の問題ですので、故意に近い過失というと極めて例外的な場面を想定されることから、日本法の知識を前提に、「まあ今回に限っていえば、重過失ぐらいは責任制限の範囲外としてもいいかな」と思ってしまうかもしれません。

しかし、Red Seaテストに基づき、明白なリスクに対する深刻な無視又は無関心があったとして重過失が認められる場合のすべてが故意に近い過失かというと、そうではないように思います。また、Red Seaテストを用いなかったケースのように結果の重大性まで加味するとなると、いよいよ故意とは無関係に重過失が認められかねないこととなります。

重過失の考え方は各国で異なりうる

この記事を書くに当たって改めて重過失について調べたのですが、「重過失」の考え方は、日英に限らず、国ごとに結構なバラつきがあるようです。そうなると、英国法の下では重過失が認められるものについて、ある準拠法の下では認められないということも生じます。

そのため、契約交渉担当者としては、自身がその準拠法に詳しくないのであれば、単なる過失と区別しないよりは全然マシだが、実際にどこまでいけば重過失とされるのかは何とも言えない、ぐらいに考えておくのがよいかもしれません。

まとめ

いかがだったでしょうか。
本日は、英国法における重過失(gross negligence)の考え方についてご紹介しました。

ざっくりまとめると以下のとおりです。

・ 英国の契約法において、「重過失」の確立した定義はない
・ 「明白なリスクに対する深刻な無視又は無関心」の有無を基準とすることが多い
・ 重過失が認められる範囲は、日本法と英国法で異なる可能性がある

ここまで読んで頂きありがとうございました。
この記事がどなたかのお役に立てば、嬉しいです。


【注釈】
*1 最判昭32・7・9 民集11巻7号1203頁
*2 もっとも、近時では、もう少し緩やかな基準で判断すべきという説も有力であり、裁判例についても実質的に基準を緩めているように読めるものもあります。
*3 Red Sea Tankers v Papachristidis [1997] 2 Lloyd’s Rep 547
*4 Great Scottish & Western Railway Co Ltd v British Railways Board, [2000] 2 WLUK 367
*5 Nigeria v JP Morgan Chase Bank NA [2022] EWHC 1447 (Comm)、ただし、この説示はnon-binding。


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