沖縄全戦没者追悼式で行われたトーンポリシング
今日の沖縄全戦没者追悼式を巡って、あまりに典型的なトーンポリシングが起きている。
まず、トーンポリシングとは、誰かの訴えに対して、その内容ではなく言い方を問題にすることで、訴えそのものを封じてしまう構造のことだ。僕は、これには、矯正型・迎合型・複合型(僕の造語です)の三つの種類があると考えている。(下の記事に詳しく書きました)
①矯正型トーンポリシング
最もわかりやすい形。社会的に優位な立場にいる人が、声を上げた人に向かって「そんな言い方では誰にも届かない」「もっと穏やかに言えば味方が増えるのに」と返すケース。一見「善意のアドバイス」に見えるけれど、実際には怒りを表現する権利を封じる行為だ。訴えの中身には触れず、「語り方が悪い」という話にすり替えることで、抑圧している側が安全でいられる構造を守ろうとする。
②迎合型トーンポリシング
より見えにくく、より深く根付いている形。マイノリティが同じマイノリティに、あるいは自分自身に向けて行う「内側からの検閲」だ。「気持ちはわかるけど、あの言い方は運動のイメージを悪くする」と仲間に言ったり、「これを言ったら過激だと思われるかも」と自分で自分の声を削いだりする。マジョリティのまなざしを内面化した結果として起きる抑圧で、外から見えない分、より深く機能する。
③複合型トーンポリシング
最も質が悪い形。「進歩的な自分」「理解ある自分」を演じながら、その立場を利用してマイノリティの語りを矯正しようとする。
「君の言っていることはもっともだ。でもあの言い方では逆効果だよ」という構造。共感を示すことで信頼を得ておきながら、実際には語り方を抑制する。自分のマジョリティとしての評価を上げるために、マイノリティの訴えを利用している。
そして、今、Xで起きていることを見てみる。
【A】玉木雄一郎(国民民主党)のポスト → 矯正型

「挨拶を妨害するような形で政治スローガンを叫んでも、かえって『平和運動』への違和感を生み出し、逆効果になることを懸念します」ヤジを飛ばした人たちが何に怒っているのか、その内容には一切触れていない。「逆効果になる」という言葉で語り方の問題にすり替え、抗議そのものを封じようとしている。権力側に近い政治家が市民の抗議に向けて行っているという非対称性も明確で、これは教科書的な矯正型だ。
【B】小泉進次郎のポスト → 複合型

「次世代に平和な世の中を引き渡していく。これからも平和でありますように…その願いは皆同じはずなのに」と、まず平和への共感を示す。「私はあなたたちと同じ側にいる」という演出だ。
そのうえで、「静かな祈りを捧げる場を抗議活動に使う大人」と「曽祖母の戦争体験を心を込めて静かに強く披露した中学生」を対比させ、「共感を広げたのがどちらだったかは明らかでした」と断じる。
これは複合型の構造そのものだ。「理解ある自分」を先に打ち出しておきながら、「正しい語り方」を持ち出して抗議者の声を貶める。しかも「中学生の方が共感を広げた」という断言によって、抗議者の訴えの内容を完全に無効化している。玉木ポストより巧妙で、だからこそより卑怯で質が悪い。中学生たちを利用するな。
【C】NHKの音量操作 → 矯正型
TBSが怒号をそのまま放送したのに対して、NHKはその音量を絞って放送した。これは言葉によるトーンポリシングではなく、編集技術によるトーンポリシングだ。「怒号があった」という事実は消していない。でも聞こえにくくする。否定はしないが、無力化している。視聴者は「ちゃんと報道されている」と思いながら、実は音量を調整された現実を見せられている。
しかもNHKは政府との距離が繰り返し問題にされてきた公共放送だ。権力の非対称性という意味で、これほど象徴的なケースもない。玉木氏や小泉氏が言葉でトーンポリシングをしたとすれば、NHKは音響技術でトーンポリシングをしたといえる。
沖縄の人たちの声を取り締まるな。
