ボクたちは、ボクたちの家政婦
「家事のみかた」をみつけるためによくある手法として、新しいガジェットを買ったり、便利なモノを買い足したりすることを考えてしまう気がします。
しかし、私は考えました。
そもそも家事を見直すことがいちばんのみかたなのではないか?
ということで、私が考える本当の「家事のみかた」についてまとめていきます。
ちなみに、
にも通ずる話となります。
ぜひこちらも併せて読んでください。
「家事」の考え方
そもそも、家事というのはやるだけで損な「ネガティブゲーム」です。
家事はやることでなにかがプラスになる作業ではなく、
何かによって発生したマイナスをゼロに直す作業
だと捉えています。
つまり、どんなにがんばっても生活の質が上がるものではありません。
「家事のみかた」というのは、あくまでこのネガティブゲームの難易度をいかに下げさせるかを追求したものであり、前提としてネガティブゲームには参加しなければなりません。
家事のみかた=思考の変化
では私の考える「家事のみかた」とは一体何なのか。
それは、「家事を極端に減らす暮らし方を考えること」だと思います。
簡単な話、掃除、洗濯、洗い物を一切しない方法であればそれこそ「家事のみかた」です。
しかし、そんなことはこの世の中ありえません。
生活を営む以上、必ず家事が発生します。
問題はその家事が、
「生きるにあたって絶対必要な家事」なのか
「生きるにあたって実は必要なかった家事」なのか
を判断できるかどうかです。
例えば、「着た服を洗濯する」という家事は当たり前ですが、
「生きるのあたって絶対必要な家事」に当たります。
しかし、「着た服を色や種類ごとに洗い方、柔軟剤を使い分けて洗濯する」
ことは、「生きるのあたって絶対必要な家事」と言えるのでしょうか?
よくあるおしゃれ着洗いというやつですが、
そこまでやる必要がありません。
このモノを大事にする「手間」が、
「生きるにあたって実は必要なかった家事」として該当するモノです。
よくある「家事のみかた」として、この「手間」に対して便利なモノに頼ることで、簡略化することが可能になりますが、
そもそもこの「手間」をなくしてしまえば万事解決するという点があります。
「手間」はモノの数だけ増えていく
では手間はどのようになくせるのだろうか。
答えは簡単で、モノを減らせばいいのです。
洗濯方法をどうしても分けなきゃいけないのであれば、
着る服を一つの洗濯方法で洗える服に統一し、そうでない服を捨てればいい。
洗い物の時間が長いのであれば、
最低限必要な調理器具以外捨てて、
調理工程を減らし、洗い物をなくせばいい。
床掃除に時間がかかるのであれば、
掃除に邪魔な置き物や棚などを減らせばいい。
基本的にモノはあるだけで「手間」を生みます。
モノを使うこと、
メンテナンスすること、
邪魔になってどかすこと、
などなど。
モノの数が増えればその分「手間」を増やしていきます。
前述した、一般的な「家事のみかた」である「手間」を簡略化するために便利なモノを買えば、結果的にはさらに「手間」を増やすことにつながります。
わたしは家政婦を雇っている
実は地球上のすべての人類は全員必ず家政婦を雇っているということを知っていますか?
その家政婦とは他ならぬ「わたし自身」です。
物心ついた頃からわたしの世話はわたし自身が行っています。
家政婦の「わたし」には当然仕事量の限界が存在します。
そして、わたしが普段行う仕事の仕事量と家政婦の「わたし」の仕事量を合算して考えるため、家政婦の「わたし」はそこまで働けません。
少ない仕事量で家政婦の「わたし」を働かせるためには、「手間」をかけてはいけません。
少ないモノで生活していく。
わたしが考える「家事のみかた」とは、そんな考え方が必要なんだと思います。
わたしのこと
初めまして。望月さい(もちづき さい)といいます。
長野県八ヶ岳の麓出身。
大学進学の際に東京に進出し、学業を片手間にバンド活動をスタート。
その活動からご縁があり、芸能事務所と専属契約を結び俳優業に移行。
20本以上の作品に携わりましたが、事務所を退社。
生まれ育った長野県に戻り、県内を転々としていました。
現在は、「明日の私が見つかる場所」をテーマに情報、コラムの発信を行なっております。
https://www.instagram.com/total95_offl
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