学生レポートが評価結果の羅列になる理由
学生のレポートに目を通す。
ROMの数値が並ぶ。
MMTの数値が並ぶ。
感覚、反射、整形外科的テストなどが、
きれいに、もれなく、表のように並んでいる。
そして、考察にたどり着く。
「以上より、下肢筋力低下および感覚障害が認められた」。
……それは、上に書いたことを、もう一度書いただけ。
教員として、私はこの形のレポートを
数えきれないほど見ている。
最初のころは
「なぜ並べるだけで終わるんだろう」と不思議だった。
でも、何度も見ているうちに、
これは学生がサボっているのでも、
考える力がないのでもないと分かってきた。
羅列には、羅列になる理由がある。
理由の一つ目。
評価項目は、もともと「並んでいる」。
評価用紙は、ROMの欄、MMTの欄、と区切られている。
学生は、その欄を順番に埋める。
埋め終わって、それをそのまま文章に起こす。
すると、用紙の構造が、そのままレポートの構造になる。
用紙が並んでいるのだから、文章も並ぶ。
理由の二つ目。
これが本質だと思っている。
学生は、所見と所見を「つなぐ言葉」を、
まだ持っていない。
「膝の伸展筋力がMMTで4」
「立ち上がりに介助が必要」
――この二つを並べることはできる。
でも、この二つを「だから」でつなぐには
間にもう一文がいる。
「立ち上がりの後半で膝伸展域が不十分なのは、
伸展筋力で支えきれていないからではないか」
この、所見と動作を橋渡しする一文。
これを書くための言葉を、学生はまだうまく使えない。
測ることも習った。
測定結果を並べることも習った。
でも、並んだものを「つなぐ」ことは、
案外誰からも教わっていない。
だから、つなげない。
つなげないから、並べたまま出すしかない。
羅列は、能力の問題ではなく、
習っていないことの結果だ。
そして、ここが大事で
――これは学生だけの話ではない。
臨床に出た若手が「考察が浅い」と言われるときも、
同じことが起きている。
所見は集まっている。
でも、つなぐ一文が出てこない。
羅列の正体は、学生のうちに片付く問題ではなく、
評価から治療に迷う、あの感覚と地続きである。
今日の「問い」。
あなたが最近書いたレポートやカルテを、
一つ思い出してほしい。
並んでいる所見のうち、どれか二つを選んで、
間に「だから」を入れてみる。
「Aがある。だからBが起きている」。
この一文が、すんなり書けるか。
詰まるとしたら、どこで詰まるか。
その「だから」が書けないポイントこそ、
あなたが本当に考えるべき場所だ。
羅列をやめるとは、項目を減らすことではない。
項目と項目の間に、一文を立てること。
この記事は、現場で使ってしまう
「便利だけど、何も言っていない言葉」を、
1つずつほどいていくシリーズの1本です。
「筋力低下」「バランス低下」「ふらつき」
——同じように、評価で止まりやすい言葉をほどいて、
評価から介入までを1本の手順にしたのが、
前のシリーズ「評価はできる。でも治療に迷う。」です。
最後は、どんな患者さんにも当てられる
思考テンプレート(書き込みワークシート付き)に
まとめています。
📚マガジン「評価はできる。でも治療に迷う。」
そして、もしあなたが「教える側」に立つことがあるなら
——学生が黙り込んだとき、どう問いかけるか。
実際のセリフを5場面ぶんまとめた記事もあります。
🗣「完璧な先生をやめると学生は話し始める」
(問いかけスクリプト集つき)
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