映画『笑いのカイブツ』|岡山天音というカイブツがそこにいる
映画の内容とは全く関係ないんですけど、映画を配信する時にもう少しラウドネスを調整してもらえないでしょうか?
映画は基本的に音楽がでかい。
いや、音楽がでかいというより、出演者の声のボリュームと音楽のボリュームが釣り合ってない。
きっと、映画館で聞く分にはいいと思うんです。映画館の中では主人公の小さな声もよく聞こえるでしょうし、音楽もガッと鳴って気持ちいい感じになってるんだろうなと思います。
ただ!夜中に家で見るにはちょっと無理がある……!(いつも子供を寝かしつけた夜に映画を見てます)
声がよく聞こえないなーと音量を上げては、
爆音の音楽にビビって音量を下げる、の繰り返し。
これ、歳だからですかね?
確かに昔はそんなことなかった気がする……
この音量上げては下げてを繰り返し、いい加減疲れてきて最近字幕をつけるようになりました。
快適!
ということで、こちらも途中から字幕をつけて鑑賞した『笑いのカイブツ』のあらすじはこちら。
大阪。何をするにも不器用で人間関係も不得意な16歳のツチヤタカユキ(岡山天音)の生きがいは、「レジェンド」になるためにテレビの大喜利番組にネタを投稿すること。狂ったように毎日ネタを考え続けて6年――。自作のネタ100本を携えて訪れたお笑い劇場で、その才能が認められ、念願叶って作家見習いになる。しかし、笑いだけを追求し、他者と交わらずに常識から逸脱した行動をとり続けるツチヤは周囲から理解されず、志半ばで劇場を去ることに。自暴自棄になりながらも笑いを諦め切れずに、ラジオ番組にネタを投稿する“ハガキ職人”として再起をかけると、次第に注目を集め、尊敬する芸人・西寺(仲野太賀)から声が掛かる。ツチヤは構成作家を目指し、上京を決意するが――。
こちら、岡山天音のカイブツさを体感できる映画です。
岡山天音すごいですよね。
以前、神尾楓珠が好きな女性の落としたハンカチを本人に渡せずに後をつける、というドラマ(『くるり〜誰が私と恋をした?〜』)のワンシーンを見て、「えー、楓珠ハンカチ渡せなくて付いて行っちゃったの?かわいいーーー!!!」って一瞬なったんですけど、頭の中で「いや、これがもし岡山天音だったら……」と考え、挙動不審に彼女の後をつける岡山天音を想像して「……怖い!めちゃくちゃ怖い……!!!ダメダメダメダメ!!!」と我に返ったことがあります。
私の中の岡山天音は、そういう存在です。
彼が演じるだけで(演じている姿を想像するだけで)、その役がはっきりとした輪郭を持ち、リアリティを持ってこちらに迫ってくる。
現実の世界に落とし込める。
先日最終回を迎えた『ひらやすみ』の生田ヒロトのような、笑顔がフニャッとしていて、嫉妬も僻みも嫌味もなく、誰にでも底なしに優しい岡山天音も、
『笑いのカイブツ』のツチヤタカユキのような、社交性0どころかマイナス1,000じゃねぇかと思うほど人間関係が苦手で、でも笑いだけには狂気的で、孤独で、生きるのが下手な岡山天音も、
どちらも本物に見える。
本当にそういう奴がいるように見えるのです。
※ここからは映画のストーリーに触れますので、まだご覧になっていない方は是非見てから戻ってきてください!
ちなみに私は原作未読です。
だから、岡山天音のツチヤタカユキを見ているのは辛かったです。
「笑い」に対してあそこまで猟奇的で、底知れない情熱があって、めちゃくちゃ才能もあるのに、うまくいかない。
見ているこっちが悲しくなるほどうまくいかない。
なんでだ。
なんでもっとうまくやれないんだ。
お前の言いたいこともわかるよ。あそこまで寝食忘れて笑いに賭けてるお前なら言う権利もあると思う。
それでも、普通は本人前に言わねーのよ!
上の人の顔色は見るもんなのよ!
自分が生きやすいように多少は嘘をつきながら生きてくのよ!
どんなに内向的でも「お疲れ様でした」くらい言ってくれ!「有難うございます」「ご馳走様」はちゃんと言え!
私はお前を応援してるんだよ。どうにか成功してほしいと思ってるんだよ。だから頼む、どうにかもう少し頑張れないか?我慢できないか?
お前の本質を変えてほしいわけじゃないんだ。スイッチを入れられないのか?って話なんだよ。
仕事中だけでいいよ。お前の中で、少しだけ社交的になれるスイッチを探してくれ。
何も社交性100を目指せって言ってんじゃないんだよ。せめて「あ、この人ちょっと人見知りなのかな?」程度まで頑張ってほしいんだよ。そしたらお前はどこまでも行けるよ。絶対行けるよ。
だから頑張れよ!!!
と泣きたい気持ちで何度も思ったんですけど、ツチヤタカユキは頑張れないのです。
どうしても、どうしても、うまくいかない。
やる気もある。勇気もある。根性もある。才能もある。
でも、社交性が致命的にない!!!
常に笑いのことだけ考えて、チャンスを掴んで、チャレンジして、チャレンジしてはボロボロになって実家に戻る。
その繰り返し。
この子は本当にどうしたらいいんだろう、と見ているこっちが親のような気持ちになってきます。
とりあえず血便が心配だからさっさととっとと病院に行ってくれ!!!

↑これ見た瞬間「怖!!!!」とでかい声出しました
「笑い」ってこんなに苦しいものなのかとぞっとしました。
こんなにも死ぬ気で挑んで、路上のゴミの上で寝て、血便出しながらネタ考えて、人から悪口を言われ、絶望を感じて川に飛び込んで、それでもまだ「笑い」から離れられないものなのか。
あの暗い瞳。
薄い笑い声。
頭を壁に叩きつける音。
ボロボロになりながらそれでもノートに書き続ける、笑いのネタ。
泥のよう日々の中でも笑いを求めてもがき続ける男。
岡山天音という入れ物に入ったツチヤタカユキが確かにそこにいる映画でした。
おしまい。
息子(低学年)の友達数人がよく遊びに来るんですけど、私が自分のことを「おばさん」と言うと(「それはおばさんのだよ」とか)、「おばさんじゃないよ!」といつも否定してくれます。
なんていい子たち……!親御さん、息子さんたちいい子に育ってますよ……!といつも心の中で感動してます。
ツチヤタカユキよ、コミュニケーション力、社会性とはこういうものだぞ!
