【あなたのくれたスイーツが、今日も苦い】第5章 「“特別”って、どこからが特別なんですか?」
第5章テーマは、スノッブ効果(希少性の魅力)
スノッブ効果は【他人が持っていない・手に入れにくいものほど価値があるように感じる心理効果。「限定」「非公開」「特別」などの言葉が感情を刺激する】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第5章 「“特別”って、どこからが特別なんですか?」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
「はいっ、今日の限定は“ミント納豆白玉”ですっ!」
しのは満面の笑みで皿を差し出した。毎回、笑顔が怖い
「……今日のテーマは、爽快感と粘り強さの融合ですか?」
「わっ、なんで分かったんですか!? やっぱり高嶺さん、わたしのことよく見てますね」
違う、違う、そうじゃない
けど、これは偶然じゃなかった。今日は6月20日――ペパーミントの日だ。調べ済みだ
“記念日に合わせた限定スイーツ”を出すのは、しののいつもの習慣
つまり、彼女の“今日”を知っていれば、行動が読める
でも――それだけじゃ、ダメだ
僕は最近、焦っていた
毎日会って、会話して、味覚の迷路に巻き込まれて。それでも、僕はまだ「特別な存在」になれていない気がした
だから、今日は一歩踏み出す日だ
作戦名:《Only for Me作戦》
彼女が“自分にだけ見せてくれる特別”を、引き出すことが目的
「……しのさん。誰にも出してない、新作。もしあったら、見せてくれませんか?」
唐突なお願い。けれど、しのは目をぱちくりさせて、
「……え、ありますけど」
即答!? そんなにあっさり!?
「“自分用に作った失敗作”なら、あります。誰にも食べさせてません」
そっち!? 方向が違う!
彼女が持ってきたのは、ミント色の寒天と、黒蜜でマーブル模様を描いた“何か”
見た目はキラキラ。においは、うっすら湿布
「名付けて、“クールパニックゼリー”です!」
もう名前がアウト
「これ、わたし以外で食べたの、たぶん高嶺さんが初めてです♡」
うっ……うれしいけど、うれしくない。でも、これが“Only for Me”……なのか?
その日の帰り道。僕は彼女と並んで歩きながら、ふと聞いた
「……しのさんにとって、“特別”って、どんな人ですか?」
「うーん……わたしのスイーツを“おいしく悶絶してくれる人”かな?」
「悶絶しないとダメなんですか?」
「うん。やっぱり、表情が豊かな人のほうが、見てて楽しいですし」
……僕、今まで何度、顔をゆがめてきただろうか
「じゃあ……僕、特別に近づいてますか?」
しのは少しだけ歩を止めて、僕を見上げた
「高嶺さんは……うーん、“いつでも試食頼める人”ですねっ!」
それは……それで、もう関係性が“職業”になってないか?
作戦は、失敗だったかもしれない
けれど、“誰にも見せたことのないスイーツ”をもらって、“スイーツを通じて感情を読まれる関係”って、なんだか不思議な深さがあると思った
僕の目標は、「しのの特別になること」
翌日、僕は学校にスーツを着て行った
「……高嶺? お前、就職面接か?」
クラスメイトに聞かれたけど違う。これは作戦だ
作戦名:《レアキャラ・アピール》
普段の自分とは違う姿――“非日常の自分”をしのに見せて、「他の誰にも見せない顔」を引き出す狙い
つまり、彼女の中で僕の印象を“珍しい存在”に上書きする。
……が
「え、今日なんかのお祝いですか? ケーキ焼いて待ってたほうがいいですか?」
くすの木でスーツ姿の僕を見たしのは、まさかの“結婚報告レベル”のリアクションをした
「いや、違います! これはただの、えっと……“いつもと違う服作戦”です!」
「作戦名がそのまま!」
しかも、しのは真顔で続けた
「わたしも負けてられませんね……特別モード、行きます」
そう言って、しのは店の奥へ
10分後
「お待たせしました、“デザート正装”です♡」
しのは、純白のワンピースにエプロン、髪にホイップクリームの形を模したリボンをつけて登場した
「……それ、どう見ても“スイーツの擬人化”じゃないですか」
「そうです。特別感、出ましたか?」
出ましたけど、違う意味で
「じゃあ、これで“レア同士”ってことで、今日のスイーツ、対等に食べましょう♪」
出てきたのは、パフェグラスに納豆とクリームチーズ、ドライフルーツが交互に層を成した“挑戦型スイーツ”
「これ、どっちかが“相手の味覚にしか合わない”って言われてるんです」
「……ギャンブルじゃないですか、それ」
ひと口。味覚がバグった。しょっぱい→ねっとり→甘い→納豆の戻り香
でも、僕は笑った
「……これは……確かに“しのさんの味”ですね」
「うれしいっ! 高嶺さんだけがそう言ってくれました」
その言葉に、少しだけ胸が熱くなる
「他の人には出してません。怖がられたので……」
「それ、普通に考えると悲しいやつですよ」
「でも……高嶺さんなら、分かってくれるって思ったんです」
――あ
その言葉こそが、“特別”だった
帰り道。僕は制服に着替え直したけど、気持ちはまだスーツのままだった
「……ねえ、高嶺さん」
「ん?」
「わたし、気づいたんです。“特別”って、“他の人に出せない顔”を見せられる相手のことなんですね」
「……しのさん、今日の自分の格好、覚えてます?」
「忘れたいです♡」
2人で笑ったあと、しのがふと、真顔で言った
「でも、忘れたくない味って、あるじゃないですか。今日のこれ、そんな感じかも」
「……口の中で迷子になるような?」
「うん。でも、あとからじんわり美味しい気がしてくる、みたいな」
なんとなく、その言葉は“僕のこと”を言われてる気がして、少し照れた。
スーツも、正装エプロンも、ミント納豆も
全部おかしい。でも、全部がまっすぐだった
だからこそ、忘れられない時間になったのだと思う
でも――もしかして、もう少し近くには来てるのかもしれない
以上で、【あなたのくれたスイーツが、今日も苦い】物語はおしまいです
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