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【君の理想が、波になって還る夜】第5章 「あの日、海に沈んだ名前たち」

第5章テーマは、スティグマ理論(Stigma Theory)
スティグマ理論は【スティグマとは「社会的な烙印(らくいん)」を意味し、人は一度“欠陥”や“異質”と見なされると、偏見や差別を受けやすくなる。スティグマ理論では、**人間関係における「レッテルの重さ」**を扱う】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第5章 「あの日、海に沈んだ名前たち」をお楽しみ下さい

前回のあらすじ

「一度“そういう人”って思われたら、なかなか抜け出せないよね」
灯花が、クラス替えで“地味キャラ”ポジションになったときに笑いながら言ってた

あのときの顔、笑ってたけど少し泣きそうだった
俺は何も言えなかった

そして今――俺自身が、その“抜け出せない枠”に閉じ込められてる

「……俺、普通の恋って……無理なのかもしれない」

そう、ぽつりと呟いたとき、トウカがこちらを見た

「急に、どうしたの?」

「いや、ただ……お前のこと、見てるとたまに
“これって本当に恋なのか?”って思うんだ」

「…………」

「だって、お前……あいつに似すぎてるし
もしかして、本当に“灯花が望んだ理想”が形になっただけじゃないのかって……」

自分でもわかってる
言っちゃいけないことを言ってるって

でも、もう止められなかった

「お前の存在そのものが……俺の妄想だったらどうする?
妹を失ったショックで、俺の頭がおかしくなって……
俺が勝手に作り上げた、悲しみの延長だったら?」

トウカは何も言わなかった
ただ、潮風に髪を揺らしていた

「いや……ごめん
こんなこと言っても、どうにもならないのに」

言葉を取り消すように、俺は視線を逸らした
すると、トウカが小さく微笑んだ

「……ねえ、拓」

「ん?」

「それって、“自分には幸せになる資格がない”って、思い込んでるだけじゃない?」

ドキリとした

「妹を失った自分は
“もう恋なんてできない”
“他人を好きになるのは裏切りだ”
そうやって、自分に呪いをかけてるのよ」

「……そんなつもりは――」

「でも、そう見えるの」

トウカは、そっと海の方を見つめた

「あなたが私を、現実として見られないのは
私が“理想に似すぎてる”せいじゃなくて
あなたが“現実と向き合えない”せいだと思うの」

俺は反論しようとして、口を閉じた
その言葉が、やけに重く感じたから

「……たぶん、俺、“妹を失った兄”っていう役から抜けられてないんだ」

気づけば、独り言のようにそう言っていた

「周りから見れば、たぶん変な奴だよな
いつまでも三味線弾いて、防波堤に座って
海に向かって話しかけて……
普通の人から見たら、きっと……“壊れた兄”って思われてるかもな」

「私は、そんなふうに見えなかったよ」

「……ありがとう」

でも、心の中にはまだ、“レッテル”がへばりついていた

“俺は、悲劇の兄”
“救われるべき存在”
“まともな恋愛なんか、できっこない”

どれも、誰が決めたわけでもないのに
勝手に信じ込んで
その通りに振る舞ってきた

まるで、自分で自分を“壊れたキャラ”にキャスティングしたみたいに

そんな自分が――恥ずかしかった

「トウカ……お前は、ほんとは誰なんだ?」

「……私は、“誰かの願い”だったのかもしれない
でも、今は……誰かの答えになりたくて、ここにいるの」

答え――

それは、灯花でも、妄想でもなく
“目の前のこの人”自身として、そこにいるという意味だった

俺はその言葉に、答える勇気をまだ持てなかった

「……俺、お前にひとつ、お願いがあるんだ」

トウカがこちらを向く

「今から言うことを、最後まで聞いてくれ」

息を飲んだ
それは覚悟の音だった

「今日から、俺の名前を“タク兄”って呼んでくれないか?」

「…………は?」

トウカのまぶたが、一瞬ピクリと動いた

「いや、ちがう、これは誤解だ!」
俺はあわてて手を振った

「違うんだ、妹扱いしたいわけじゃない! ただ……その、灯花の名前が海に消えた日から、誰にも“兄”って呼ばれてなくてさ。たぶん、俺はあの日のまま、兄の役を降板できてなかったんだと思う。だから――」

「――それを、私にやらせるの?」

トウカの口元が、絶妙な角度で引きつる

「いや、違――違わないけど違う! 違う意味でだ!あの、えっと、これは“妹を重ねる”ってより、“肩書きを脱ぎ捨てる儀式”的な……!」

必死の弁解
伝わらない確信が、涙を誘う

でも、トウカはふっと微笑んだ

「……いいわ」

「ほんとか!?」

「でも、今日だけよ。“最初で最後の妹”として、名前で呼ぶわ」

「うおお……!ありがとう……!灯――いや、トウカ!」

「混ざってる」

ツッコミが、潮風に溶ける

そのまま俺は、トウカの前に正座した

「もう一つだけ、お願いがある」

「……まだあるの?」

「うん」

俺は、浜辺に持ってきていた一枚の紙を広げた
書いてあるのは、“卒業証書”

「俺、灯花の死を、ちゃんと送れてなかった
だから今日、正式に卒業したい
悲しみから、自分勝手な妄想から、お前を灯花の代わりだと思いかけた弱さから」

静かに、三味線を鳴らした
弔いの音が、潮騒に重なる

「この卒業式に、付き合ってくれないか?」

「……ほんとに、“普通の恋”って知らないのね、あなた」

トウカの目に、涙が浮かんだ

「でも、それがあなたのやり方なら、ちゃんと最後まで付き合う」

彼女の尾びれが、きらりと揺れた

そして――
その場で、尾びれの先を
スパンと千切った

「えっ」

「え?」

俺の声と、トウカの声が重なった

「なんで自分でちぎったんだ!? それ、痛くないのか!?」

「だって……“人魚の正体は理想の象徴”って言うなら
私が理想から脱け出すには……形を壊すしかないと思って……」

「発想が過激すぎる!」

「あなたの行動の方が、よっぽど過激よ!」

海辺に、ツッコミと笑いと、潮騒が重なった

だけど――
それは、たしかに
“卒業”の音だった

トウカが、小さく言った

「もういいわ。私、理想じゃなくて、あなたにとっての“現実”になりたかったの」

「お前は、最初からそうだった
でも俺が、現実をちゃんと見ようとしなかっただけだ」

視線が、絡んだ
たぶん、初めて“恋”として

「……じゃあ、行こうか」

「うん」

俺たちは、海へと向かった

潮風が、背中を押してくれる
砂の上に、ふたりの足跡
そして、波がその全てをさらっていった

――あの日、灯花の名前が消えたあの海に
今、俺の“兄”という肩書きも沈める

もう、振り返らない

「トウカ」

「なに?」

「“拓”って名前で呼んでくれ」

「……うん」

トウカが小さく頷いたそのとき
波間に、真珠がひと粒――落ちた

そして俺たちは、静かに海の中へ
ふたりで沈んでいった

まるで
それが最初から
台本に書かれていたかのように

以上で、【君の理想が、波になって還る夜】の物語はおしまいです
この物語に登場する恋愛心理学の正しい使い方を知りたい方
以下リンクにて確認できます

↓最後に、第5章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓


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