見出し画像

【記録される私と、変わっていく私】第2章 「終わらない会話が、頭から離れない」

第2章テーマは、ザイガルニック効果(Zeigarnik Effect)
ザイガルニック効果は【人は完了したことよりも、未完了のことを強く記憶に残す」という心理現象】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第2章 「終わらない会話が、頭から離れない」をお楽しみ下さい

前回のあらすじ

中学に上がっても、廻は相変わらず妙な人だった
ただ、小学生の頃と違うのは、その妙な行動が少しだけ洗練され、そして——さらに厄介になったことだ

ある日の放課後。昇降口で靴を履き替えていると、廻が真顔で言った

「君にだけ見せたいものがある」

その声色に、私は思わず顔を上げた

「何?」
「……また今度」

そう言って、スポーツバッグを肩に掛け、さっさと外へ出ていってしまう

何だったのか聞こうにも、次の日には別の話題を振ってくる
しかも会話の途中で唐突に「続きは明日」と切り上げる癖まで身につけていた

「で、その後どうなったの?」
「明日話すよ」
「いや、今言えばいいでしょ」
「明日聞いたほうが面白いから」

納得いかない。けれど、翌日になっても話の続きをするとは限らない。気づけば“続き”が三日分ぐらい積み重なっている

それでも私が離れないのは、彼が歩調をぴたりと合わせてくれるからだ
登下校、私が少し急げば急ぎ、ゆっくり歩けばゆっくりになる。無言でも、足音だけが並んで響く
「何か言えばいいのに」と思いながら、なぜか私は彼の歩幅に合わせてしまう

雨の日、彼はわざと校門で立ち止まり、空を見上げた

「これくらいなら走って帰れるかな」
「走る必要ないでしょ、傘持ってるし」
「いや、君と競争したら勝てるかどうか…明日確かめよう」

明日って何。そもそも競争する気なんてないのに、妙な予告だけ残して去っていく

そんなことが続くと、放課後になるたび「今日は何を残してくるのか」考えてしまう
気にしないつもりで帰ろうとしても、背後から「続きは——」と声がして、つい振り返ってしまうのだ
そのたびに彼は、言葉を飲み込むみたいに口を閉じて、笑いながら歩き去る

中学の校舎は、小学校よりもずっと広いのに、不思議と廻の姿はすぐに見つけられる
体育館裏で靴ひもを結んでいるときも、理科室の前で植物を眺めているときも、彼はふいにこちらを見て、何か言いかけてはやめる

「……何なの、それ」

帰り道で問い詰めても、「明日には分かるよ」としか言わない
私はもう、呆れ半分、期待半分でその“明日”を待つ日々を送っていた

——その“明日”は、いったい何回目を迎えただろう

今日こそ続きを言わせてやろうと、放課後の昇降口で廻を待ち伏せした
靴箱から出てきた彼は、私を見るなり「あ、そういえば昨日の——」と口を開く
が、そのまま靴ひもを直しながら、「……やっぱまた今度」とあっさり引っ込めた

「今度って、いつ?」
「近いうち」

その“近いうち”が、これまでに一度も訪れたことはない

翌日、帰り道の途中で、彼が急に足を止めた

「今日の雲、面白い形してる」
「どこが?」
「明日になったら、もっとよく分かる」

雲なんて、明日になれば形が変わるに決まっている

ある時は部活帰り、校門を出たところで彼がポケットから何かを取り出した

「これ、君に見せたい」
「なにそれ」
「明日のお楽しみ」

手の中には小さな缶バッジのようなものが見えたが、結局その“明日”は別の話題にすり替えられた

こうして私は、彼の“未完の会話”をいくつも抱えたまま、毎日を過ごしていた
気にしないつもりでいても、机に向かうと「そういえばあれ、何だったんだろう」と頭をよぎる
廻にとっては、ただのいつものやり取りかもしれない。でも私にとっては、心に小さな穴を開けられたまま放置されているようなものだった

雨の日、帰り道を並んで歩いていると、彼がふと横目で見てきた

「そういえば昨日の話——」
「やっと続き?」
「……いや、やっぱやめとく」

私が思わず立ち止まると、彼は振り返り、いつもの調子で笑う

「焦らしたほうが面白いだろ」

面白くなんてない、と心の中で返しながらも、口には出せない
なぜなら、そんなやり取りの後は決まって、彼の歩幅が私にぴたりと合うからだ
その沈黙の時間が、なんだか悔しいくらい心地いい

ある日、帰り際に廻が突然言った

「じゃあ、今日はちゃんと続き話す」

思わず身を乗り出す私に、彼はニヤリと笑い——

「いや、やっぱまた今度」

その瞬間、胸の奥でため息が小さく漏れた

“また今度”なんて、きっとこれからも続くのだろう
でも、不思議なことに、その言葉が聞こえなくなったら——きっと私は、少しだけ寂しくなる

次章へ

↓最後に、音葉(中学生)のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓


いいなと思ったら応援しよう!