【君の理想が、波になって還る夜】第1章 「心をなぞる、台本通りの共感」
第1章テーマは、共感過程理論(Empathic Process Theory)
共感過程理論は【人は他者の感情や経験に対して「共感」すると、関係性が深まりやすくなるという理論】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第1章 「心をなぞる、台本通りの共感」をお楽しみ下さい
序章
「共感ってのは、ただ『わかる』って言えばいいんだよ」
昔、灯花がそう言ってた。中学生のときだったか
たしか、好きな男の子と距離を縮める方法を、真剣な顔で語ってた
そのときのメモが、まだノートに残ってる
“共感:①うなずく ②感情をなぞる ③絶対に否定しない”
今になって読み返すと、なんか恋愛必勝マニュアルみたいだが……
いや、俺は本気だ
今の俺にとって、恋なんてどうでもいい
ただ――目の前にいる“トウカ”に、あの理想像に
灯花がなりたかった姿に、近づきたかっただけなんだ
「……今日は、少し波が荒かったの」
トウカがぽつりとそう言った
月の光に濡れる髪を指先で払うその仕草も、完璧に“灯花のノート”通りだった
俺は姿勢を正して、深くうなずいた
「……うん、わかる」
「……そうね?」
「ああ、そういうときって、気分もザワザワするよな」
「……ええ、そんな感じだったわ」
うん、よし。順調
共感、成功
「昨日の夢も、ちょっと不思議だったの。水の中を、誰かが泳いでたような…」
「……それって、怖かったよな。たぶん、“無意識の不安”とかだと思う」
「え……?」
しまった。心理ワードを口にしてしまった
灯花も言ってた。“分析しちゃダメ。あくまで“うんうん、わかるよ”で通すこと”って
「いや、そうじゃなくて、ほら、俺も夢で波に飲まれることあるし、うん、同じ同じ」
「……ふふっ」
トウカの口元が、わずかに緩んだ
「……今の、共感?」
「えっ!? いや、これは、あの、その……“共鳴”?」
誤魔化したつもりだったが、たぶんバレてる
だがトウカは何も言わず、そっとこちらを見つめてきた
その目に、なにか探るような光が宿っている
「あなたって……不思議ね。私の話、ちゃんと聞いてくれるのは嬉しいけど
……全部、答えが用意されてるみたいに聞こえるわ」
「……そ、そんなことないって」
「じゃあ、もし私が“今日、空を飛んだの”って言っても、同じようにうなずくのかしら」
「うん、わかる」
「……やっぱり」
苦笑された
でも、いい
俺は本気で“わかりたい”と思ってる
心の奥の、あのノートに描かれた灯花の未来を――そのかけらを、今、目の前にしているんだ
だから俺は、うなずき続け
どんなにぎこちなくても、マニュアル通りでも
“君の心をなぞること”で、何かが救える気がしたから
共感ってのは、気持ちを“なぞる”こと
なら、俺は――その心ごと、全部写し取ってみせる
そう思ったのが、たぶん間違いの始まりだった
「今日ね、ウミネコが、私の頭にとまったの」
トウカはいつものように、静かな声で話す
月明かりの下、その横顔はどこか楽しげで
たぶん――ちょっとだけ笑っていた
俺は、うなずく
「うん、あるある。わかる。頭、柔らかそうに見えたんだろうな」
「……そうかしら?」
「俺も、昔カモメに襲われたことあるし。ほら、目つき似てるって言われるし」
「それ、共感……?」
「いや、これは……運命的な偶然、かもしれない」
どう考えても偶然じゃない
でも、俺の中では共感レベルが足りなかった
“話を聞くだけ”じゃ、伝わらない気がして
だから俺は、今日もノートに書き足した
《相手と同じ体験をすることで、真の共感が得られる》──と
翌日
海辺にて、俺は黙って防波堤に座っていた
……頭に、ウミネコのエサを乗せて
そう、トウカの話に“完全共感”するために
実際に“鳥に頭をとまらせる体験”をしようとしていたのだ
「……何をしてるの?」
トウカが現れて、開口一番のその言葉
「……見ていればわかる。今、俺は君の昨日を追体験している」
「……パンの耳、乗せてる?」
「うん。こっちのほうが来やすいかなって」
真剣だった。俺は、本気で“君の心”をなぞろうとしていた
でも、トウカはなぜか目をそらし、肩を小さく震わせていた
「……笑ってる?」
「いえ、違うの。ただ……風でパンが飛んでいったのを、ずっと気づかずにいる姿が……」
「……マジか」
共感、大失敗
でも、トウカはそのあとも笑っていた
いつもより、ちょっとだけ声を出して
「あなたって、なんだか……」
少しだけ迷ったように、彼女は言葉を選ぶ
「誰かに、似ているような気がするの。会ったこともないはずなのに、なんとなく――懐かしい感じ」
「……そうか」
俺は笑い返すのが精一杯だった
その“誰か”が誰なのか、トウカは知らない
でも、俺だけは知っている
だから、今日も三味線を鳴らす
ノートの端に、こう書き足す
《完璧な共感は、たぶん要らない。ズレてても、笑ってくれれば、きっと届く》
今日も、心をなぞる。たとえズレてても
“君”の笑顔がそこにあるなら、それでいいって、思えたんだ
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↓最後に、第1章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓
