【君の理想が、波になって還る夜】第2章 「同じ港町で、同じ風を吸った」
第2章テーマは、内集団バイアス(Ingroup Bias)
内集団バイアスは【人は自分と「同じグループ」に属している人に対して、好意的・協力的に接しやすくなるという傾向】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第2章 「同じ港町で、同じ風を吸った」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
「“同じ”ってだけで、人は親しみを覚えるんだよ」
……中学の頃、灯花がそう言ってたのを、今でも覚えてる
好きな子に告白するタイミングを相談してた俺に
「出身地とか、趣味とか、同じってわかると距離縮まるよ!」って
たしか、隣のクラスの男子に一週間だけ合わせて「釣りが好き」って言い張ってたのも、それが理由だったな
そのときのノートがまだ残ってる・・・
《共通点を強調せよ。“うちら”の関係を作れ》
うちら、か
……よし
「この缶詰、食べたことある?」
防波堤でトウカと並んで座りながら、俺は手にしていた小さな缶詰を掲げた
銀色のパッケージに、控えめに『ホタルイカの生姜煮』の文字
港町の商店街でしか売ってない、地元民御用達の味だ
「えっと……ない、と思う」
「うそっ!? じゃあ、今ここで食べてみてくれよ! たぶん懐かしさがこみ上げてくるから!」
「……懐かしさ?」
「うん、絶対あるって。だって、おれたち――同じ港町の空気、吸ってるしな」
「え?」
トウカが、小首を傾げる
「おれ、ここで生まれ育ったんだ。潮の匂いで季節の変わり目がわかるし、カモメの声で天気予報ができるし、夏の夜はアジの跳ねる音で眠れないし」
「……それは、あなたの話よね?」
「でもトウカも、今ここにいるし! つまり、もう“港町の人間”ってことだろ?」
「……それは、違うんじゃないかしら」
「いやいや、違わない。ここで出会って、ここで同じ海見て、今こうしてホタルイカの缶詰を開けようとしてる……それって、もう“うちら港組”じゃないか?」
「港組……」
さすがに、目が点になってる
でも俺は止まらなかった
むしろここからが本番だ
「この缶詰の生姜味な、潮の香りとマッチして最高なんだよ。あと、漁港のベンチで食うと3割増し。これ、地元じゃ常識。うちらのソウルフードだから!」
「そうなの……?」
「ちなみに、これ作ってるの、うちの近所の工場のおばちゃん」
「……あの、私、本当にこの町の出身じゃないのよ?」
「いや、今ここにいる時点で、もう立派な構成員だろ。だってさ、出身なんてさ、最初に決まってただけの設定であって、本質は“どこに根を張るか”なんだよ」
「妙に詩的ね……」
「ありがとう」
「褒めてないわ」
トウカは缶詰のふたをゆっくり開けながら、何度か瞬きを繰り返していた
なんだろう、その目。哀れみ……じゃなくて、困惑? いや、じわじわ笑ってる?
「じゃあ、もし私が“海の向こうの出身です”って言っても、変わらない?」
「もちろん。“向こう”がどこだろうと、ここに来て、俺のホタルイカを食べてる時点で……うちら、地元民」
「あなた、どこまで本気で言ってるの?」
「全部、本気だよ。これは……地元愛だ」
同じ風を吸って、同じ味を知れば
心の距離だって、きっと縮まる
……灯花、たぶんこういうこと、言ってたよな?
“うちら港組”って言ったとき
トウカの口元がわずかに動いたのを、俺は見逃さなかった
あれは……笑いかけてた。たぶん
だから俺は、次の一手に出た
「実はさ、俺、“この町クイズ”っていうのを用意してきたんだ」
「えっ?」
「出題形式。三問正解で、港組正式加入な」
「いや、加入しようとしてないのよ?」
「気持ちはあとからついてくる。まずは制度から入る」
「それ、恋愛にも同じようなこと言いそうで怖いんだけど」
トウカは苦笑しながらも、観念したように頷いた
よし、勝負はここからだ
「第1問。この町のスーパーで、一番安いのは?」
「え……?」
「A:マルキヨー、B:ヤマナカ、C:港フェニックス」
「そもそもCが存在しない気がするけど……A?」
「正解! よっしゃ、もう港の女だな」
「そんな軽いの?」
「第2問。この町で、告白の定番スポットといえば?」
「そんなのあるの?」
「A:灯台の前、B:公園の滑り台、C:防波堤のベンチ」
「……C?」
「正解。ちなみに、俺の初恋もそこで玉砕した」
「……微妙に重い話、混ぜないで」
「じゃあ、ラスト。これは感覚問題だ
“この町の風は、なにの匂い?”」
「え……風の匂い?」
「A:潮の匂い、B:ホタルイカ、C:未来の匂い」
「急にポエム……!」
「ヒントは、おれと今、ここにいること」
「……じゃあ、C?」
「大正解。港組、認定だ」
「やったぁ……って言えばいいの?」
「うん。これで“うちら”だ」
「わかった、わかったから、その“うちら”のテンションを少し下げて」
でもその言葉の中に、少しだけ本音が混じっていた気がした
笑ってるけど、拒絶してはいない
俺の“うちらごっこ”を、ちゃんと受け取ってくれてる気がした
そう思った俺は、最後の仕上げに入る
「これ……灯花が残したノート。もしよければ、見てくれないか」
「……え?」
「“大人になったらこうなりたい”って、妹が描いてた未来の姿。そのページだけ、折れてるんだ」
トウカは受け取って、黙ってページをめくった
少しして、小さく息をのんだ
「……私のこと、誰かに似てるって言ってたけど」
「ああ。お前の姿は、そのページの“理想”に、よく似てる」
「それって……偶然?」
「わからない。けど、おれにとっては運命だった」
波が静かに音を立てる
「じゃあ……その妹さんが夢見た場所に、今、私がいるってことね」
「うん。だから、同じ町にいる。たぶん、もうずっと前から」
トウカは目を伏せた
まつ毛の先に月の光が揺れる
「……そうね。あなたの世界の中では、私も“港の人”だったのかも」
その言葉に、俺はまた一つ、勝手な共通点を刻んだ
心が通じた、なんて思い上がりかもしれない
でも、少なくとも今日だけは――
“同じ風を吸った”ことに、してもいいだろ?
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↓最後に、第2章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓
