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【ウソかマコトか分かラナイ】第2章 「特別の錯覚を灯す手」

第2章テーマは、パラソーシャル・ミラーリング効果(Parasocial Mirroring Effect)
パラソーシャル・ミラーリング効果は【相手から観察されている・共感されていると錯覚し、無意識に自分の感情・表情・反応が相手と“似てくる”現象】です

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第2章 「特別の錯覚を灯す手」をお楽しみ下さい

前回のあらすじ

劇団アステリアの公式SNSが、今日も通知を鳴らしていた
舞台袖で撮った写真。帰り道の後ろ姿
知らないうちに撮られていた一枚まで掲載されていて
“恋人らしい空気”が漂うように編集されている

湊は、画面を見つめたまま息をのみ込んだ

そこへ、また一つ通知
芽依からだ

《湊くんの目線だと、もっと恋人らしく見える気がする》

何気ない文
仕事上のやり取りのはずなのに、胸がそっと跳ねた

— “湊くんの目線”—
その一語が、やたら近く聞こえる

返事を打とうとして、指が一瞬止まる
恋人らしく見える、という言葉が頭から離れなかった

《どんな感じがいいですか?》

送ってしまったあと、少し恥ずかしくなる
理想の“恋人の目線”を本人に聞くなんて、我ながらおかしい

既読がつく
相変わらず早い

《距離が近いほうが自然かな。湊くんならできるよ》

その“信頼”めいた言葉に、胸の奥で何かが明るく灯った
できるのか分からないのに
できると言われると、できる気がしてしまう

稽古場に戻ると
芽依は台本を抱えながらこちらを見ていた
いつもの落ち着いた表情
しかし、その視線が少し長い

—いや、気のせいだ—
そう思おうとするのに、胸がざわつく

読み合わせが始まる
距離は台本の指示通り
けれど、芽依が湊を見る角度や、瞬きの回数が妙に柔らかいように感じる

視線が合うたび、心臓が微かに跳ねる
芽依は真剣に台詞を追っているだけ
分かっているのに
湊の意識は、そこだけ勝手に色づいてしまう

「このシーン、もう一回合わせましょう」

芽依が静かに言った

台詞でも説明でもない
“湊に向けられた声”

湊は思わず背筋を伸ばした

「はい、大丈夫です」

声が少し上ずって聞こえるのは
自分にしか分からないはずだ

立ち位置に戻ると、芽依が軽く近づいてくる
至近距離
呼吸が重なるほど近い

「湊さんの方がやりやすいですか?」

そう言って、彼女が視線の高さを合わせてくる

俺の方が、やりやすい?
そんな気遣い、今まであっただろうか

芽依のまつげが夜のなくても揺れて見える距離
視線の奥が、こちらだけを見ているように思えてくる

いや、仕事だ
台詞を合わせるために距離を調整しているだけ
分かっている

分かっているのに——
胸が熱い

「では、始めましょうか」

芽依の声が耳元に落ちる

湊は、台詞の最初の一音を出すのに、いつもより一呼吸多く必要だった

読み合わせが進むほど
芽依の動きや声の調子が湊に重なっていく
湊が息を浅くすると
芽依も少し息を整える
台詞を詰まらせると、芽依も間をふわりと合わせる

まるで鏡だ
自分の些細な動きを、彼女が映しているように感じてしまう

意識すればするほど
芽依が湊の呼吸に合わせている
そんな錯覚が強くなる

もちろん、それが事実かどうかは分からない
ただ、湊は自分に向けられたものすべてを
“特別扱い”のように受け取ってしまう

胸があたたかく、落ち着かない

読み合わせが終わると、芽依は軽く微笑んだ

「今日の湊さん、すごくよかったです。…なんか、私との呼吸が合っていたみたいで」

その言葉に
湊の心臓は静かに、しかし確実に跳ねた

呼吸が合う—
ただそれだけで、夜が少し明るくなる気がした

芽依は台本を閉じ

「あ、あとで投稿チェックお願いします」

とだけ言って去っていく

湊はしばらく立ち尽くした

特別扱いなんかではない
きっと、違う

そう思おうとするほど
芽依の声が胸に残り続けた

稽古が終わったあとも、胸だけが落ち着かなかった
芽依と呼吸が合った。その一言が、妙に残っていた

帰り際、スマホが震える
また、芽依だ

《今日の写真、湊くんに選んでほしい》

一瞬、指が止まった
たくさんの候補写真のなかから“湊に選ばせる”—
それが、自分にだけ与えられた役割のように思えてしまう

送られてきた画像フォルダを開く

稽古場での自然な一枚
街灯の下、ふたりの影が重なりそうになっている一枚
どれも“恋人らしく”見えるように撮られていて
胸の奥のどこかが、そっと熱くなる

《どれがいい?》

続けてメッセージが届く

湊は、真剣に選びはじめた
思わず、眉間にしわが寄るほどに

「いや、これは…近すぎるか?
 でも、自然なのは……いや、違うな……」

職務以上の熱量で悩んでいる自分に気づき
思わず苦笑した

結局
《これが自然でいいと思います》
と送った

するとすぐに返信

《湊くんが選ぶと、なんか安心する》

その一文だけで、電車の揺れがふっと軽くなる
安心
その言葉が、自分に向けられた特別な音に聞こえた

……単なる仕事の手順なのに

気を取り直して家に着くころ
また通知が落ちてきた

《明日の投稿、撮影私のほうから誘っていい?》

湊は、玄関で靴を脱ぐのも忘れて立ち尽くした
“自然に見えるから”
その理由だけで、世界が少し変わって見えた

翌日、稽古場
芽依は湊を見ると、軽く手を上げて笑った
表情は淡いのに、その仕草が湊にだけ向けられたもののようで、胸がざわつく

「昨日の写真、すごくよかったです
 湊さんの“見る感じ”が入っていました」

“見る感じ”とは?
けれど、その曖昧さが、逆に期待を膨らませた

読み合わせが始まると
芽依が湊の動きに合わせる場面が何度もあった

湊が少し視線を落とすと
芽依も同じタイミングで目線を柔らかく落とす

湊が息を整えると
芽依もほんの一瞬だけ呼吸を合わせる

—合わせてくれてる?

そんなはずはないと頭のどこかで思いながら
胸はそれを否定できなかった

シーンが終わると
芽依が湊の腕を軽く引いた

「ねぇ、この台詞のところ……
 湊さんの呼吸に合わせたほうが、らしい気がします」

らしい?
その言葉が、まるで湊のためだけに選ばれた言葉のように響いた

芽依は湊をじっと見つめながら
台詞を小さく口ずさむ
目線、声、間
どれも湊に寄り添うように調整されているように見える

「……こんな感じですか?」

その問いに答える前に
湊の胸が勝手に答えてしまっていた

「……はい」

わずかに震えた声
自分でも驚くほど素直に出てしまった

「……よかったです」

芽依はふっと微笑む
その笑みが、湊の中の“特別”をさらに深く照らした

稽古が終わり、帰り支度をしていると、またスマホが鳴る

《今日の合わせ、すごく合わせやすかった
 湊くんとだと、変にがんばらなくて済む》

その言葉を読んだ瞬間
胸の奥のどこかがやさしく揺れた

芽依は、きっと仕事として言っている
湊も分かっている

分かっているはずなのに—
その言葉ひとつで、一日の温度が変わる

窓の外、夜風が静かに流れる
その風に紛れて、芽依の呼吸が聞こえた気がした

湊はスマホを胸に当てて小さく息を吸った

明日も合わせる
また視線が合う
彼女はきっと、無自覚に距離を詰めてくる

——そう思うと
なぜか心臓がほんの少し、楽しげに跳ねた

その感覚だけを抱えて
湊は静かに稽古場の扉を閉じた

次章へ

↓最後に、第2章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓


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