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【ウソかマコトか分かラナイ】第3章 「写真が知っている恋」

第3章テーマは、情動転移的視覚固定(Affective Transference–Based Visual Fixation)
情動転移的視覚固定は【特定の感情(安心・憧れ・期待)が“視線の固定”を誘発し、その対象に対する意味づけが強化されていく現象】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第3章 「写真が知っている恋」をお楽しみ下さい

前回のあらすじ

宣伝用のツーショット撮影は、稽古よりも緊張した
スタジオの白い光が、距離の近さをそのまま浮かび上がらせる

「じゃあ、お互いに少し寄ってくださーい」

カメラマンの声が響く

芽依が、ためらいなく一歩近づく
湊の肩に触れるか触れないかの距離
いや、触れている
ほんの、指先だけ

「湊さん、顔…こっち」

軽く顎を指で誘導される
その仕草は淡々としているのに
湊の視界は一瞬にして狭くなった

芽依の息が、近い
目元が柔らかい

「恋人っぽく、お願いしますねー!」

カメラマンが明るく言う

無理だ
こんな距離で冷静になれる人間がいるなら会ってみたい

芽依は湊に身体の角度を合わせ
ゆっくり寄りかかるように位置を調整した
その動きがあまりにも自然で
“恋人ならこれくらい普通でしょ?”
とでも言われているようだった

シャッターが何度も落ちる

光の中で、芽依は湊だけを見ていた

その視線の濃さに、湊の胸は静かに、確実にざわめいた

撮影が終わると、芽依はすぐモニターへ向かう
湊も後に続いた

写っていたのは—
湊が知らない芽依の顔だった

普段の冷静な表情ではなく
どこか甘くほどけたような目
視線が湊に寄り添うように流れ
肩の傾きは、完全に“相手を受け入れている”角度”

「……え」

声が漏れた
隣で芽依がモニターを見ながら小さく頷く

「うん、自然でいいと思ます」

自然?
これを自然というのか

湊の胸がきゅっと縮んだ
理由は分からない
ただ、目が離せなかった

写真の中の芽依が、湊だけを見ている

数秒だけ、現実の時が止まる

「湊さん。このカット、宣伝のメインで使うかもしれませんと…」

芽依が軽く指差した写真は
湊の肩にそっと額を寄せているような角度だった
実際には触れていないのに
光がそう見せているのかもしれない

「……これ、俺……?」

「はい、湊さんです」

いやそういう意味ではない、と言いかけて飲み込んだ

心臓がうるさい

撮影データをスタッフが転送している間
湊はスマホを手にしたまま
写真の残像から抜け出せなかった

—芽依さん、こんな表情……

帰りの電車
湊は無意識にデータフォルダを開く
撮影した写真が並んでいる
スクロールする指が勝手に止まる

例の写真

光に包まれて、芽依は湊を見ている
ただそれだけなのに
胸の奥がやさしく震える

写真を拡大する

目元

触れそうな距離

—俺のこと、見てる

いや、そう見えるだけだ
分かっている
演技としての顔だ
役者として当然の表情

それでも
写真の中の芽依は
まるで湊だけを選んだような眼差しをしていた

電車が揺れても、視線は画面から外れない

数分どころか、駅を三つ過ぎるまで
湊は気づかなかった

「……やばい」

小さく呟いて画面を閉じるが
閉じたはずなのに胸にはあの表情が残っている

何度も浮かんでくる

芽依が湊を見つめていた、あの瞬間

湊の脳内で

芽依=恋人

という形が、ゆっくりと、しかし確実に形を取っていく

降りる予定の駅をもう一つ過ぎたところで
湊はようやく我に返った

スマホが震える

芽依からのメッセージ

《今日の写真、仕上がったらまた見せるね》

たったそれだけの言葉が
鼓動に直接触れたように感じた

—完全に、写真に落ちている

気づいてしまった瞬間
窓に映る自分の顔が、少しだけ赤かった

湊は、その夜ほとんど眠れなかった

寝ようと目を閉じるたび
あの写真の芽依が浮かぶ

光に包まれた横顔
腕の角度
湊に寄り添うような視線

「……俺、今日なにかしたっけ」

思い返しても、特別なことはない
いつも通り稽古して、撮影して
芽依の指の誘導に従っただけだ

なのに、写真の中の彼女は
どう見ても “湊が好きな人の顔” をしていた

その違和感が、心地よくて、怖かった

気づけばスマホを開いている

写真をもう一度見る
いや、二度じゃない。
五、六回。十分後には十回を超えていた

「……ちょっと冷静になれ、俺」

呟きながらも視線は外れない

電車で三駅過ぎたときよりはマシだが
写真を見ている間だけ
世界の音が少し遠くなる

まるで恋人の写真を眺めているみたいだ
いや、違う
恋人ではない
でも、目の前には“恋人の表情をした芽依”がいる

それが湊の脳を混乱させた

翌日の稽古場

芽依はいつも通りだった
静かで、必要なことだけ話し、表情に余計な温度を乗せない

湊の鼓動だけが、前日より明らかに落ち着いていない

「湊さん、昨日の写真、見ました?」
「……はい。あの、すごく……自然で」
「よかったです。湊さん、表情柔らかかったですから」

『柔らかかったのは俺じゃなくて芽依さんの方だ』

胸の奥でそう突っ込みながらも言えない

芽依は手元の台本を少し持ち直し、ふと湊を見た

その一瞬の視線が、写真の中と重なる

湊の心臓が跳ねた

「湊さん、今日……」

芽依が少し言いづらそうに続ける

「宣伝動画の、あの…距離近いやつ
 撮ることになっているのですが…」

距離近いやつ

稽古場の空気が一瞬止まったように感じた

「ど、どれくらいの……」

湊は自分の声がわずかに裏返るのを感じた

「…写真よりは、ちょっと近い感じで言われました…」

それ以上近づく距離を、体験したことがない
芽依は特に気にする様子もなく、落ちた前髪を耳にかけた
その横顔がまた、写真と重なりそうで危なかった

動画撮影は午後だった

指定されたポーズは、カメラにぎりぎり入るほどの距離で向き合い
自然に会話をする、というもの

“自然に”という言葉ほど不自然な指示もない

「湊さん、こっちです」

芽依が袖を軽くつまむ
その仕草だけで、胸が静かに揺れる

向き合った瞬間、芽依の目がふっと細くなった

カメラの前だから——と分かっているのに
湊の足元がわずかに乱れた

「大丈夫ですか?」

芽依が小さな声で問う
その声が驚くほど優しかった

「は、はい。ちょっと……近いので」
「そうですか。では……吸って下さい」

芽依が囁く
湊が息を吸うと、芽依も同じタイミングで吸った
吐くと、また合わせて吐く
呼吸が重なる

それは写真の残像が現実に形を持った瞬間だった

湊の耳の奥で、自分の鼓動が淡く跳ねる

撮影が終わるころには
胸のざわめきは確信に近いものへ変わっていた

芽依がモニターを覗き込みながら言った

「湊さん、これ……本当の恋人みたいに見えますね」

湊は返事に詰まった

本当の恋人みたい
その言葉を、そのまま飲み込むには甘すぎた

芽依は軽く微笑んだだけで、深い意味はないのだろう

でも湊は分かってしまった

—俺、もうダメだ

写真が教えてしまった恋
距離の近さが確定させた恋

気づけば、芽依の横顔を見る時間が増えていた

湊は静かに息を吸った

これ以上、隠すのは難しいかもしれない

そんな予感だけを胸に、湊はそっと目を伏せた

次章へ

↓最後に、第3章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓


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