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【ウソかマコトか分かラナイ】第4章 「演技の優しさに溺れる」

第4章テーマは、逆投射的関係確立(Reverse-Projective Relationship Formation)
逆投射的関係確立は【“相手が自分へ抱いている感情”を、逆に“自分の本心”として取り込んでしまう心理作用】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第4章 「演技の優しさに溺れる」をお楽しみ下さい

前回のあらすじ

稽古場に差し込む午後の光が
台本の上だけをやわらかく照らしていた
恋人役のシーンが増えたせいで
湊の心臓はこのところ落ち着く暇がない

喧嘩して、泣いて、仲直りして—
抱きしめる距離も、手を重ねる温度も
役の名を借りたまま湊の素肌に触れてくる

「じゃあ次、仲直りのシーンお願いします」

演出家の声が響く

芽依は台本を胸の前でそっと閉じ
湊の方へ歩み寄った
足音は小さいのに、近づく気配だけが強かった

「……湊さん」

演技に入る前の声
やわらかくて、落ち着いていて
湊の名前を呼ぶたび、胸の奥に静かな火がつく

「えっと……お願いします」

湊は目を逸らすように軽く頭を下げた

芽依はその動きを確かめるように見つめ
次の瞬間、ふっと空気の温度が変わった

演技に入ったのだと
湊はすぐに分かった

でも、分かったからといって
息が上手く吸えるわけではない

芽依が湊の手をそっと包み込む
冷たくも熱くもない、そのちょうど間の温度
それが湊の指先だけでなく
胸の奥までゆっくり広がっていく

「あなたがいないと、私……」

震える声
かすかな呼吸の揺れ

演技だと分かっている
分かっているのに—
湊の心臓は明確に反応してしまった

—これ、本物みたいだ

湊は息を止めたまま
どう反応していいか分からず立ち尽くす

芽依はまるで湊の反応を読み取るように
そっと目を細めた
その目が甘すぎて
湊は思わず視線を逸らした

「……湊さん?」

芽依が囁く

その呼びかけが
自分のためだけに紡がれた言葉のように聞こえてしまう

演じられた優しさなのに
湊の脳は『これは本物だ』と誤解したまま記憶してしまうらしい

湊は、完全に芽依の演技に飲み込まれていた

「……大丈夫ですか?」

芽依が演技を抜いて尋ねた

その温度差が
逆に湊には追い打ちになった

「あ、はい……ちょっと……心臓が……」

言ってしまってから後悔した

芽依は一瞬きょとんとしたが、すぐに小さく笑った

「そうですか……すみません、近かったですか?」

近いどころではない
真横で恋人のふりをして
そのまま甘い声を落としてくる

これは稽古なのか
試練なのか
恋の罠なのか

答えは出ないが、湊の胸は確実に芽依へ傾いていた

演出家が次の段取りを説明している間
湊は台本を持つ手がわずかに震えていることに気づいた

演技のときに芽依が見せたあの表情
ほんの少し潤んだ眼差し
湊に向けた手の温度

そのどれもが、役のための嘘だったはずなのに
湊の中では“本物の優しさ”として刻まれていた

「湊さん」

芽依が声をかける
行動の流れを確認したいらしい

「ここは、こうやって……」

芽依は湊の手首をそっと掴み、置き直すように優しく添えた
ただ触れただけなのに、湊の脳内で何かがショートしかけた

「湊さん、顔、赤いですよ」

芽依が小声で指摘する

「……この距離で言われても……」

湊は思わず本音を漏らした

芽依は一拍置いて、少しだけ目を丸くした

「……すみません、近かったですよね」

そう言って下がろうとしたが、演出家が間に入る

「今の距離感、すごくいい! そのままで!」

—そのままで?

湊の魂が一瞬天に抜けた

芽依は真面目に頷き、距離を戻す気はなさそうだ

湊の心臓だけが、今日も忙しく働かされていた

仲直りシーンの稽古が一区切りしたあと、短い休憩が入った

湊は、水を飲むふりをしながら深呼吸を繰り返していた
胸の奥に残った芽依の声の余韻が
いつまで経っても消えてくれない

「……あなたがいないと、私……」

耳の奥にこびりついて離れない

湊は心の中で
(これは演技、これは演技、これは演技……)
と念じ続けたが、胸はその言葉をまったく受け入れようとしなかった

椅子に座って台本を開いた瞬間
隣からそっと覗き込む気配がした

芽依だった

「……湊さん、先程のシーンですが」

芽依が指先で台本の一行を示す

その距離がまた近い
湊の肩に、芽依の髪がふわりと触れた

その一瞬だけで
湊の心臓は演出家に怒られるレベルで大きな音を立てた

「す、すみません……ちょっと近かったですか?」

芽依が申し訳なさそうに下がろうとする

—下がらなくていいです、と言いかけて慌てて飲み込んだ

「い、いえ……その、えっと、大丈夫です」

芽依は湊の返事を聞くと、素直に元の距離に戻ってきた
そして、なぜかもう一度、湊の肩に髪が触れた

(これ絶対、大丈夫じゃない距離だよ……)

芽依は気づいていないようで、真剣な顔で台本を読み上げた

「ここで、湊さんの手を少し引くでしょ?
 そのあと間を置いて……こう」

そう言って湊の手を取り、そっと引いた

たったそれだけの動作なのに
湊の脳は“恋人に手を引かれた”と誤解して全力で跳ね上がった

芽依の指は細くて
力は弱いのに
温度だけはまっすぐ湊の中まで届いた

芽依は自然体で稽古を続けている。
湊は自然体に崩れ落ちそうになりながら必死に支えている。

「湊さん、どうかされました?」

芽依に覗き込まれて、湊は無意識に台本で顔を隠した

「い、いや……演技について考えてて……」

芽依は湊の挙動を不思議そうに見つめたあと、ふっと微笑んだ

どこかあたたかくて
どこか甘い笑い方だった

「……湊さんって、素直でかわいい所ありますよね」

その一言は、もはや演技ですらなかった
湊の背筋が跳ね、台本を持つ手が震えた

(ちょ、ちょっと待って……今のは……)

芽依は気づかぬまま続ける

「すみません 私が距離感分かっていない時があって…
 一緒にやってると…どうしても、入り込んじゃう時があるんです」

"入り込んじゃう"
その言葉は湊の胸に、思っていた以上の速度で突き刺さった

芽依は湊の返事を待たず、次の稽古段取りへ足を運ぶ
湊はひとり取り残され、心の整理がまったく追いついていなかった

—入り込んじゃう、って

湊はスマホを取り出し、癖のように写真フォルダを開いた

前撮りの写真
芽依が湊に寄り添う視線
その視線が今の言葉と重なって、胸に静かに沈み込んだ

(……俺、もう完全に……)

いや、まだ認めるには早い
早いが、心が勝手に走っていく

芽依が稽古場の中央でスタッフと話している
その横顔を見ただけで、湊の胸がきゅっと縮んだ

演技の優しさに浸かりすぎたせいで
もう境界が分からない

境界が分からないのに—
湊はその曖昧さが嫌ではなかった

「湊さーん、次のシーンいきますよー」

芽依の声が呼ぶ

その声音が
まるで“私の恋人でしょ?”とでも言っているように聞こえてしまう

湊は台本を抱きしめるように胸に当て、小さく息を吸った

—演技の優しさに、溺れたままでいたい

自分でも驚くほど素直な欲が、静かに芽を出していた

次章へ

↓最後に、第4章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓


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