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【ウソかマコトか分かラナイ】第5章 「嘘が本気になる前夜」

第5章テーマは、補完的情緒逆転(Complementary Affective Reversal)
補完的情緒逆転は【本来“嘘・演技・仮の感情”として始まったものが、相手の反応により“補完されて”逆に本物の感情に変化してしまう現象】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第5章 「嘘が本気になる前夜」をお楽しみ下さい

前回のあらすじ

劇場の屋上は、夜気がわずかに震えていた
公演まであと二日
照明スタッフが設営をしている遠い音が、街のざわめきと混ざり合う

「最後の投稿、撮っちゃいましょうか」

芽依がそう言い、湊の袖をそっとつまむ
ほんの指先だけなのに、湊の心臓はやたら反応した
本人は無意識らしく、つまんだ袖を揺らしながら空を見ている

―やばい
この“つまみ癖”、毎回反則では?

カメラマンが声をかける

「恋人設定なので、もう少し寄ってみましょうか。はい、距離ゼロまでどうぞー」

距離ゼロ
その言葉だけで脚がもつれそうになる

芽依は素直に動く
湊の横にぴたりと立ち、肩が触れる
肩どころか、前髪が湊の頬をかすめ、呼吸が浅くなる

「湊さん、緊張してます?」
「……そ、そんなわけ」

見てごらん?と言わんばかりに芽依が顔を近づける
ほんの数センチ
カメラマンがシャッターを切るたび、湊の理性も削られていく気がした

撮影後、二人は屋上の隅で投稿文を打ち合わせる
芽依はスマホを抱えて、少し考え込む仕草をする

「今日も一緒にいられて、心強かったです……とか?」

その声音は柔らかく、揺れていて、明らかに“仕事のトーン”ではない

湊の胸が熱くなる

(……いやいや、これは仕事。絶対にそう言う。何度でも言う。俺が勝手に勘違いしてるだけ……のはず)

芽依は画面を湊へ向ける

「こういうの、どう思います?」

湊は何度も瞬きをして言葉を探す

「いや……どう思うって、その……」

“本心ですよね?”
とはとても言えない

代わりに、少し震える声で答える

「……いいと思います。すごく」

芽依はほっとしたように微笑んだ
その微笑みが、“演技の延長”なのか“素直な反応”なのか、湊には判断できない

ただ、胸が痛いほどに跳ねた

風が吹き、芽依の髪が湊の肩に落ちる
彼女はそっとそれを直したが—
なぜかまた湊の袖をつまんだまま離さない

「……芽依さん」
「ん?」
「袖、ずっと持ってますよ?」
「あ……ごめんなさい。なんか、こうしてると落ち着くんです」

さらりと言われ、湊の思考が一瞬止まる

(落ち着く…?)

芽依は無自覚で、ただ夜風から安心を得るみたいに袖を握っている
湊は見ないふりをするしかなかった
見たら崩れる自信がない

屋上の照明がふっと明るくなる
湊は悟る

―俺はもう、嘘に耐えられない―

芽依は気づかない
視線を落とし、投稿文の句読点ひとつに悩んでいる

そんな彼女の横顔を見ながら、湊は静かに決めた

“俺の恋はもう嘘じゃない
ここから先は、どれだけ隠しても本気だ”

夜風がその決意を運び去るように吹き抜けた

夜の屋上は、撮影スタッフが引き上げて静かになっていた
芽依は最後の投稿文をまだ悩んでいる
湊は、その肩にかかる淡い光をぼんやりと眺めていた

「……湊さん、こっち見てません?」
「み、見てないですよ」

見ていた
しっかり見ていた
むしろ見守っていた

芽依は気づかないふりをしたまま、湊へスマホを渡す

「これで投稿しますね。“二人で頑張ります”って」

“二人で”
その響きだけで胸がぎゅっとなる

芽依はいつものように
『役ですから』と言うはずだった

けれど今日は少し違う

投稿を終えると、芽依はスマホを胸の前でそっと抱え、湊を見た

「……本番、怖いんです。失敗したくなくて」

湊は言葉を失う
強くて、完璧で、誰よりも遠いと思っていた人が、こんなふうに弱さを見せるなんて

「俺がいますよ」

気づけばそう言っていた
言った瞬間、湊のほうが驚いていた

芽依の目がわずかにゆるむ

「……湊さんとなら安心してるのかもしれません」

湊の心臓が盛大に跳ねた

(も、もう無理。これ以上は耐えられない)

芽依は緊張を紛らわせるように、また湊の袖をつまんだ
それが湊の“限界スイッチ”なのを知らずに

「芽依さん」
「はい?」

湊は袖を見下ろし、それをそっと指で包んだ
芽依の手がびくっと震える

「……その、つまむの。反則ですよ」
「え?」
「俺、本気になりますから」

芽依の呼吸が一瞬止まる
湊は焦る

「あ、いや、えっと、これは……違う、違わない、いや……」

墓穴を掘りにいくような言葉が溢れ、湊は慌てて口を閉じた
芽依はきょとんとしていたが、すぐに小さく笑った

「……じゃあ、やめません」

湊の心臓が飛び出しそうになる

「だ、だめですよ!」
「だめなんですか?」

芽依はわざとらしく首を傾け、湊を見上げる
その顔はどう見ても“役”ではない

夜風がふわりと二人の間を通り抜けた

芽依は袖から手を離し、代わりに湊の指先をそっと触れた

「湊さんのさっきの言葉……すごく嬉しかったです」

湊は固まる
芽依は続けた

「役か本音か、自分でも分からないことが増えてきて……困ってます」

その言葉に、湊の胸があたたかい痛みに包まれた
困っている、と言いながらも、芽依の目はどこか期待に揺れている

湊は静かに息を吸う

「……俺は、もう嘘じゃないです」

芽依の指先がびくっと跳ねた
視線が揺れ、口元が少し震える

「そう……ですか」

芽依がそっと湊を見る

「じゃあ……明日からどうします?」

湊は答えられない
けれど考えるより先に、芽依が小さく笑った

「……役の恋が、現実に追い越されるのって、こんな感じなんですね」

湊は胸がいっぱいになった
何も言えなかった

ただ、芽依が伸ばした手が、湊の手に重なる
その距離はもう、役でも仕事でもなかった

夜の劇場の灯りが二人の輪郭を柔らかく照らす

「明日、ちゃんと舞台で会いましょう。湊さん」
「……はい」

風がやさしく吹いた
袖をつまむ癖は、今日はもう出なかった
代わりに、ふたりの手はしっかりと繋がれたままだった

そして湊は気づく

“嘘から始まった恋は、もうどこにも嘘が残っていない”と

静かな夜の屋上で
ふたりの物語はそっと幕を閉じた

以上で、【ウソかマコトか分かラナイ】の物語はおしまいです
この物語に登場する恋愛心理学の正しい使い方を知りたい方
以下リンクにて確認できます

↓最後に、第5章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓


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