【嫉妬されたいから、今日もナンパしてます】第1章 「この名前、どこかで会ってませんか?」
第1章テーマは、ネームレター効果(Name-Letter Effect)
ネームレター効果は【人は、自分の名前に含まれる文字を他の文字よりも好む傾向があるという心理効果です。これは自己愛や親近感から来るもので、自分に関係のあるものに対して好意的な感情を抱きやすくなる現象】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第1章 「この名前、どこかで会ってませんか?」をお楽しみ下さい
序章
海辺の堤防は、潮風と波音のリズムに包まれていた
数歩先、麦わら帽子の下から黒髪ボブが揺れている
日傘に守られるようにして、一人の少女が文庫本を読んでいた
名前は志月美玖(しづき・みく)、19歳
今日の依頼対象だ
「友達があの子のこと、ずっと気になってるんスよ
でも地味すぎて話しかけに行けないらしくて……代わりにお願いします!」
くだらないと、思わなくもない
けど、俺の仕事は“きっかけ”を作ること。感情の起爆剤であれば、手段は問わない
俺は無言のまま近づき、本の背表紙をチラリと盗み見る
――『星降る海辺と、月の巫女』――
なるほど
「……あの、すみません」
俺は声をかけた。彼女の視線が、そっとこちらに上がる
「その本――」
表紙を指差して、自然に笑ってみせる
「“美玖”って名前のキャラ、いましたよね?」
彼女は小さく瞬いたあと、驚いたように本を抱き寄せた
「……あ、はい。主人公の幼馴染、ですね」
「奇遇だなぁ。僕、そういう“偶然”って、ちょっと嬉しくなっちゃう方で
名前が同じってだけで、なんかこう……親近感、湧きません?」
その瞬間、彼女の唇がわずかに緩んだ
「……それ、わかるかも。ちょっとだけ、ですけど」
その“ちょっとだけ”が、何よりの合図だ
彼女の目はまた文庫本へと戻ったが、ページは捲られないまま
気づかれないよう、隣に腰を下ろす。距離は、指一本ぶんの風の間隔
「よく読むんですか? 海辺で」
「……ええ。日陰と、音がちょうどよくて」
「わかります。波音って、人の会話を邪魔しないんですよね。静かに、ずっと続く」
「……そう、なんです」
視線を向けると、彼女はうっすら微笑んでいた
目の奥に、ほんの少しだけ、扉が開いた気がした
言葉は静かに落ちてくる。彼女の世界を、濡らさないように
「よかったら、このあとアイスでもどうです? 海の近くに、すっごく静かな店があって」
「……あの」
彼女は、ふいに言葉を止めた
「その、私、SNSとか……あんまり使わなくて。すみません」
「気にしないで。名前だけでも覚えてくれたら、また偶然があるかも」
俺は、すっとスマホをしまい、笑って立ち上がった
演技ではなく、自然に
彼女の名前と、彼女の物語
その両方が、俺の中にしっかりと刻まれていた
――たった一文字の共通点で、心は揺れる
バカみたいだろ? でも、人間って案外そういうもんだ
ましてそれが、“美玖”なんていう名だったら、なおさらだ
美玖はうつむいて、日傘の影の中で、小さく笑った
「……じゃあ、また、偶然があれば……」
「うん。きっとまた、どこかで“美玖”に会える」
言葉を交わすというより、静かに置いていく会話
彼女にとって、こういうやりとりは“特別”の範疇にあるのかもしれない
風が吹いた。帽子のリボンがなびく
彼女は本をそっと閉じた
「……今日、来てよかったです。私、いつも物語の中ばかりにいて……」
「今日は、物語が、君を見つけに来たのかもね」
そう言った瞬間、自分で「クサッ」と思った
けど、彼女は――少し頬を染めて、目を伏せた
……これなら、いける
依頼人に連絡を取るのは、もう少し後にしよう
彼女と、もう少しだけこの“偶然”を楽しみたい
「じゃあ、せっかくだからさ」
俺はスマホを差し出しかけて――
「おにいちゃ~~~んっ♡」
唐突に、声が割り込んできた
砂浜をピョコピョコ跳ねながら、ワンピースの小動物が走ってくる
いや違う。動物じゃない。あれは……妹か。見た目だけは、完全に
「えっ、えっ……?」
美玖が困惑して俺を見上げる
「んふふ~、あれ? 今日は“美玖ちゃん”なのぉ? へぇ~、前は“紗月ちゃん”だったよね?」
「こまち……お前……」
「お兄ちゃん、浮気はダメなんだよ?
こまち、同じセリフ、別の子に使ってるの知ってるんだから♡」
バカみたいな声と、甘ったるい上目遣い
その中に鋭い毒を忍ばせて、こいつは平然と人の関係性を壊しにくる
「え、えっと……あの……」
美玖が、一歩だけ後ずさる
「いや、これはその……」
「うんうん、偶然だよね? ねぇ、“お・に・い・ちゃ・ん”?♡」
地獄か
「私……、帰りますね。また、偶然が……あれば」
日傘がすっと回り、美玖は風の中に歩き出した
砂の上に、小さな足跡が残っていく
その一つ一つが、俺のしくじりを刻んでいるようだった
隣で、こまちがケラケラと笑う
「チョロそうな女、ほんと好きだよね~
あんたの脳味噌もさ、文字で埋まってるから“読んだふり”すればホイホイじゃん?」
「……観察してんの、お前の方だろ」
「ん~? じゃあ、記録とっとこっかな?
“本日の成果:名前一致、連携失敗、妹乱入”――って♪」
「……お前、それ、楽しんでるだろ」
「だって~、バカなあなたの“観察日記”、超楽しいもん♪」
こまちは砂浜にぺたんと座って
そのまま、満足げにあくびした
俺は空を見上げた
風が少し強くなってきて、帽子が飛びそうになった
“美玖”という名前は、風の中に消えた
でも――またどこかで会えそうな気がしていた
そう思ってしまうのが
俺の“おかしな恋愛観”の始末の悪さだ
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↓最後に、第1章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓
