【嫉妬されたいから、今日もナンパしてます】第2章 「#見てるだけじゃ映えないよ」
第2章テーマは、ヴェブレン効果(Veblen Effect)
ヴェブレン効果は【価格が高い商品であるほど、人はそれをより魅力的に感じ、欲しがるという心理現象】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第2章 「#見てるだけじゃ映えないよ」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
「よっし、今日の一枚はバチ映えだわ〜!」
海辺の岩場。片足だけ波に差し入れて、角度を変えてはポーズを決めている派手な女の子がいた
パステルグラデの髪、蛍光色のサロペット、反射するサングラス
まるで「自分が光源です」と言わんばかりの存在感
安堂なぎさ。短大生、20歳。SNSとセットで生きているギャルだ
依頼主は、そんな彼女に一目惚れした、地味系の男友達
「どうしても話しかけられないんです。でも話してみたいんです。せめて、なんかきっかけを……」
その“なんか”を作るのが、俺の仕事だ
俺はポケットから缶コーヒーを取り出しながら、スマホを構えた彼女の横を通る
「……あれ、“#蒼色ピース”で撮ってるんですか?」
なぎさの手が止まる。サングラス越しに俺を見る
「……え、なにそれ?聞いたことないけど?」
「今、湘南界隈でバズってるタグですよ
逆光と海を一緒に写す構図で、特定のブルー系フィルター使って
“本気の海ギャルだけが辿り着けるタグ”って噂で――
インスタ系YouTuberが動画で取り上げてから一気に伸びてて」
もちろん、今作ったばかりの嘘だ
でも、人は“希少価値”と“流行”に弱い
なぎさはスマホをタップして、検索しようとした
もちろん出てくるわけがない。けど俺は、先手を打つ
「まだ限定系タグだから、検索しても出てこないっすよ
一部のインフルエンサーだけが先に投稿してる状態
“知ってる側”になりたくないです?」
……ここから、3秒
「マジ?それ先に言ってよ〜!
え、それで撮ったら“映える”ってこと?やばくない?」
彼女の目がキラキラし始める。いい反応だ
「よかったら、撮りますよ?俺、広告とか企画の仕事してるんで
どう撮ればバズるかって、多少のアドバイスはできるんで」
もちろんそれも嘘だが、演技としては十分
「やっば〜、バズるためなら何でもやりたい女、ここにいますけど?
え、待って、じゃあこの構図で足長く見せたほうがいいかな?」
彼女は全力で“映えモード”に入った
俺はそれに合わせてスマホを構え、風と逆光を利用して数枚撮影した
「このあたりとか……フィルター入れると、超使えますよ
あと、#蒼色ピースって文字、ここの空にちょうど映えるかも」
「まってそれ、めっちゃ映えてる!
え、タグ入れるとしたら、他になんかある?」
「“#海よりも私が主役”とかどうです?」
「天才かも。マジ、才能で生きてる人?」
なぎさはノリノリだ
本音がどこにあるかなんて関係ない
今この瞬間、彼女は“自分が特別だ”と信じてくれている
俺は微笑んで言う
「SNSって、心のステージですから
見てもらうための努力って、愛と似てると思うんですよ」
なぎさが一瞬だけ、表情を崩した
照れとも困惑ともつかない、意外と素直な顔だった
……これは、いける
もう数回会話を重ねれば、自然な誘導ができる
「なぎささん、さっきの写真、送ってもいいですか?」
スマホを差し出しかけた、そのとき――
「え、ちょっと待って。“なぎささん”?今名前言った?え、わたし名乗ったっけ?」
……やばい、うっかり口にしたか?
「え、まさか、あたしのこと知ってる?え、どこで?え?」
「いや、すみません、プロフィールに出てた気がして……」
(嘘。完全に依頼人の情報から出た)
なぎさが、じっと俺を見つめた
けれど、次の瞬間にはまた笑っていた
「まいっか、名前呼ばれるの嫌いじゃないし♡」
俺は内心で安堵しながら、思った
“こういうタイプほど、褒め方の温度が難しい”――と
けど、それがまた面白い
「まいっか、名前呼ばれるの嫌いじゃないし♡」
なぎさが笑った瞬間、海風が一気に吹き抜けて、彼女の髪がサラリと流れた
“今だな”
俺はスマホを向けたまま言った
「今の笑顔、めちゃくちゃ映えてます
“#恋始まったかも”って付けてもいいくらい」
なぎさが照れ笑いを浮かべて、唇に指を当てた
「え〜、それ絶対バズるやつじゃん
え、なに?それ狙ってたの?ヤバすぎて好きかも~」
伊織(内心):“好きかも”って、軽っ……いや、今は利用する
「投稿文考えます?今なら俺が書きますよ
『知らない人なのに、ちょっと優しかった』とか」
「なにそれ、ドラマじゃん!
あーもう、マジで映えてこ〜!」
彼女はサロペットを翻しながら、次の自撮り構図を探しに岩場を移動し始めた
俺もそのあとを歩きながら、ちょうどいい角度を探す
“あと一押し”
会話の流れを、そろそろリアルな距離感に変えたかった
「実はさ」
声のトーンを一段下げてみる
「俺、広告とかプロデュースだけじゃなくて――撮られる側でもあるんだ
最近は裏方メインだけど、前はちょっとしたモデルもやってて」
それっぽいポーズを一つ
雰囲気で押し切る、それが重要
「うそ、マジで? それ言ってよ〜!どおりで角度とかうるさいと思ったんだよね」
「プロ意識ってやつです」
「インスタ教えてよ。見る見る!絶対バズってるでしょ!」
……ここで、SNSを聞かれるのは想定済み
「いいけど、あんまフォロー返してないよ?
仕事絡みだけにしてるから」
「わかるー!私も“見る専用”アカ作ってるし」
なぎさがスマホを構えた――そのとき
「え〜?なぎさちゃん、それ信じるの?この人、フォロワー20人くらいだよ?」
不意に、後ろから声が割って入った
鳥でも来たのかと思うくらい軽い声
……違う。こまちだ
なぎさが振り向く。「……え、なにこの子?」
「こまちは、お兄ちゃんの妹で〜す♡」
こまちが俺の腕にまとわりつきながら、猫撫で声で言った
「いつも“映え”の研究しててさ?
“今日のナンパはギャル編”って、朝から張り切ってたよね?」
「ちょ、お前、何を――」
「だってさ〜、こまち 知ってるよ?
お兄ちゃん、インスタで『フォロー返ししません』って書いてるくせに
そもそもフォロワー20人くらいしかいないの♡」
なぎさの目が見開かれる
「……マジで意味わかんない」
一言だけ残して、なぎさはスマホをしまい、砂を蹴るようにして立ち去った
――さようなら、#蒼色ピース
静かになった海辺に、こまちがペタリと座った
「で、今の“プロデューサー演技”、何点?」
「……78点」
「高っ」
「途中までは完璧だった
でも“20人”って言われて信じるような目してた
あれはちょっと……致命的だった」
こまちはケラケラと笑って、貝殻を投げた
「あんたってさ、ナンパしてるのに、たまに告白みたいな顔するよね?
“バレなきゃ本気”って感じのやつ」
「お前、それ……完全に観察日記じゃん」
「そゆこと〜。だって、“観察”が一番、映えるもん♪」
波音が、遠くでまたひとつ弾けた
俺は思った
“嘘でも、誰かの本気になれるなら――演技も悪くない”と
……問題は、それを見てるやつがいるってことだ
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↓最後に、第2章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓
