【放っておけない藤堂さん】第1章 「君の歩く道を、そっと整える」
第1章テーマは、アフォーダンス誘導理論(Gibsonian Affordance Guidance)
アフォーダンス誘導理論は【人は環境やモノを見たとき、それを**「何ができるか(行為の可能性)」**として知覚する】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第1章 「君の歩く道を、そっと整える」をお楽しみ下さい
序章
藤堂さんと並んで歩くのは、思っていたより静かだった
入学式後の構内は人が多く、歩調もまちまちで、油断するとすぐに流れに押される。そんな中で、彼女は少しだけ内側を歩いていた
―いや、内側すぎない?―
気づいた時には、彼女の肩が壁と仲良くなりかけていた
「……」
音はしなかった
しなかったけど、ぶつかる未来が見えた気がした
だから、足を一歩前に出した
彼女より半歩だけ前。自然に、進路を入れ替える形で
「?」
藤堂さんが、首を傾げる
「……あれ。私、いつもここでぶつかるんですけど」
「そうなんですか?」
本心だった
そう言われて初めて“いつも”なんだと知った
「じゃあ、今日は大丈夫ですね」
「……根拠は?」
「僕が、こっち歩いてるので」
一瞬、彼女の視線が僕の足元に落ちて、それから、また僕を見る
「……?」
納得したのかしてないのか分からない顔だったけど、とりあえず歩き出した
そのまま、次の角
曲がる瞬間、また少しだけ距離が近づく
反射的に、手が動いた
軽く
本当に軽く、彼女の背中に触れるか触れないかくらいで、進む方向を示す
「……?」
「こっちです」
「……あ、はい」
ぶつからなかった
それだけで、ちょっと安心してしまう自分がいる
いや、何に安心してるんだろう
次は自動ドア
……じゃなかった。押すタイプの扉
藤堂さんが一瞬、立ち止まる
考えごとをしている顔だ。危険信号
僕は一歩先に出て、扉を押さえた
「どうぞ」
「……あ、ありがとうございます」
彼女は少しだけ目を丸くして、通り過ぎる
「……佐伯さん」
「はい」
「私、そんなに危なっかしいですか?」
質問は静かだったけど、少しだけ困っている色が混じっていた
「いえ」
即答した
「ただ……気づいたら、そうしてました」
それは本当だった
考えてやっているわけじゃない
放っておく、という選択肢が、なぜか最初から見当たらなかっただけ
「……変な人ですね」
そう言いながら、藤堂さんは小さく笑った
否定じゃない、その笑い方に、胸の奥が少しだけ温かくなる
歩く位置
角度
扉の前
彼女の進む道を、少しだけ整える
それが、こんなにも自然で
――んなにも、やめられないことだとは
この時の僕は、まだ知らなかった
この人と歩くとき
僕はきっと、ずっと前を歩いてしまうんだということを

藤堂さんと別れた後、僕は一度だけ振り返った
彼女は研究棟の入り口で立ち止まり、少しだけ首をかしげてから、また歩き出した
―ぶつからなかった
それだけで、今日一日分の仕事を終えた気分になる
いや、何の仕事だ
翌日も、その次の日も、同じ時間帯に同じ道を歩くことになった
偶然だと思う
少なくとも、僕はそういうことにしている
「藤堂さん、おはようございます」
「おはようございます」
挨拶は短い
でも歩き始めると、自然と位置が決まる
僕が外側
藤堂さんが内側
気づけば、足が勝手にそう動いていた
曲がり角では、ほんの一瞬だけ歩幅を緩める
扉の前では、先に手が伸びる
段差があれば、無言で半歩前に出る
自分でも、ちょっとやりすぎだと思う
「……佐伯さん」
「はい」
「昨日から、ずっと思ってたんですけど」
嫌な予感がした
「私、誘導されてません?」
「え」
誘導、という単語に、思わず足が止まる
「いえ、そんな……」
藤堂さんは僕の前に回り込んで、真っ直ぐこちらを見た
「私が壁に寄らないように歩いてますよね」
「角では、必ずそっちに行きますし」
「扉も……毎回、先に」
全部、見られていた
「……気づいてました?」
「はい」
即答だった
「でも、不思議と嫌じゃないので……続けていいです」
続けていい
許可が出てしまった
「むしろ」
彼女は少しだけ声を落とす
「今日は、佐伯さんがいなくて、一回ぶつかりました」
「……え」
「肩」
淡々とした報告だった
「二回目で学習しましたけど」
それは学習なのか
「……すみません」
「なぜ謝るんですか?」
「いえ……なんとなく」
沈黙が落ちる
でも、重くはなかった
歩き出すと、また位置が戻る
僕が外側
彼女が内側
それがもう、説明不要の前提みたいになっている
「……あの」
藤堂さんが、少しだけ間を置いて言う
「佐伯さんって、誰にでもそうなんですか?」
一瞬、考えた
「……たぶん、違います」
「即答ですね」
「はい」
理由はうまく言えない
ただ、放っておけない
それだけだ
「……変な人」
彼女はそう言って、小さく笑った
その笑顔が、さっきより少しだけ柔らかい気がした
講義棟が見えてくる
ここで別れる
「じゃあ、また」
「はい。お気をつけて」
彼女は一歩踏み出して、振り返る
「……明日も、同じ道ですか?」
「たぶん」
「じゃあ……」
言葉を切って、少しだけ視線を逸らす
「……お願いします」
それだけ言って、歩いていった
僕はその背中を見送りながら、思った
この人の歩く道を整えるのが
こんなにも当たり前になる日が来るなんて
―本当に、放っておけない人だ
そして、たぶん僕は、もう引き返せない
次章へ
↓最後に、第1章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓
