【放っておけない藤堂さん】第2章 「考えすぎる天才に、余裕を分ける」
第2章テーマは、認知負荷分散(Cognitive Offloading Facilitation)
認知負荷分散は【人は頭の中だけで頑張らず、メモ・スマホ・チェックリスト・配置換えなどで、記憶/注意/判断の負担を外部化する】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第2章 「考えすぎる天才に、余裕を分ける」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
藤堂さんと歩くようになって、ひとつ気づいたことがある
この人、歩きながら考えすぎだ
いや、考えるのが仕事みたいな人だから当然なんだけど、その“考え方”が尋常じゃない
視線は前を向いているのに、たぶん見ていない。口は閉じているのに、頭の中は騒がしい。そんな感じがする
「……あ」
言った瞬間、彼女の足が止まる
「どうしました?」
「今、思考が三つほど絡まりました」
絡まる思考って何だ
「大丈夫ですか?」
「はい。物理的な被害は、まだです」
“まだ” という言い方が怖い。\
その日は資料が多かった
分厚いファイルにノート、参考書。全部、彼女が抱えている
「持ちますよ」
「いえ、大丈夫です」
即答だった
でも、その直後にファイルの角が少しずれて、彼女の視線が一瞬そっちに持っていかれる
反射的に、手が伸びた
「じゃあ、これだけ」
半分、というより三分の一くらい
それでも彼女は少し驚いた顔をした
「……軽くなりました」
「ですよね」
それ以上は言わない
言わない方がいい気がした
歩き出すと、彼女の足取りが少しだけ安定する
ぶつからない。つまずかない。立ち止まらない
段差の前で、僕が一言
「ここ、少し高いです」
「……あ、本当だ」
危ないところを先に言う
行き先を確認する
「次、右で合ってますよね?」
「はい。……あ、そうです」
気づくと、彼女は歩くこと以外を、あまり考えていない
「……不思議ですね」
しばらくして、藤堂さんがぽつりと言った
「何がですか?」
「佐伯さんといると、歩くときに考えることが減ります」
足が止まりそうになる
「えっと……」
「研究のことも、次の講義も、頭にはあるんですけど」
彼女は少しだけ、困ったように笑った
「それを“持たなくていい”感じがして」
持たなくていい
その言葉が、妙に胸に残った
「……それなら、良かったです」
本心だった
何が良かったのか、うまく説明できないけど
その日、藤堂さんは一度も肩をぶつけなかった
資料も落とさなかった
立ち止まって、世界から切断される瞬間もなかった
代わりに、何度か、僕を見た
「……佐伯さん」
「はい」
「もしかして、私」
一拍、間を置く
「一人でいるより、楽をしてますか?」
「……たぶん」
即答すると、彼女は少し驚いた顔をしてから、視線を逸らした
「……ずるいですね」
「え?」
「いえ」
それだけ言って、また歩き出す
歩幅は、ぴったり合っていた
僕は思った
この人の“考えすぎる頭”を、少し休ませるだけで、世界はこんなにも穏やかになるんだ、と
―それにしても―
ただ隣を歩いて、少し持って、少し先を言うだけで
ここまで変わるのは、さすがにやりすぎじゃないだろうか?
でも、やめる理由も、見当たらなかった

それは、いつの間にか“当たり前”になっていた
藤堂さんが資料を抱えていれば、半分持つ
行き先が分かりにくそうなら、先に確認する
段差があれば一言
扉があれば先に開ける
やっていることを並べると、さすがに過保護だと思う
でも、止めるタイミングが分からなかった
「……佐伯さん」
「はい」
「最近、私」
彼女は歩きながら言う。視線は前
「考えごとをしていても、周りが怖くないんです」
怖くない、という表現が少し意外だった
「前は、考え始めると、よく世界に置いていかれてました」
だから、ぶつかる
止まる
迷う
そういうことなんだろう
「でも今は……」
彼女は一度、言葉を切った
「気づいたら、着いてます」
それは、たぶん褒め言葉だ
……たぶん
「……それ、良いことですか?」
恐る恐る聞くと、藤堂さんは少しだけ笑った
「良すぎて、困ってます」
「困ってる?」
「はい」
彼女は立ち止まり、こちらを見た
「自分でやらなくても、何とかなってしまうので」
胸が、少しだけちくりとした
「……すみません」
「なぜ謝るんですか?」
「いや……やりすぎかなって」
彼女は少し考える顔をしてから、首を振る
「違います」
「私は、楽をしています。でも」
視線が、少し揺れる
「それが、嫌じゃない」
言い切ったあと、耳が赤くなる
……ずるい
「それに」
彼女は続ける
「佐伯さんが先に言ってくれると、思考を戻す場所が分かるんです」
「戻す場所?」
「はい。“あ、今は歩けばいい”って」
そんな役割を、いつの間にか担っていたらしい
次の日から、彼女は少し変わった
資料を渡す前に、一瞬こちらを見る
段差の前で、足を止める
行き先を、自分から確認する
それでも、結局
「……持ってもらっていいですか」
「はい」
そのやり取りが、自然に続く
「……甘えてますよね」
「たぶん」
「……楽です」
短い会話
でも、歩調は合っている
その日、別れ際に、藤堂さんがぽつりと言った
「佐伯さん」
「はい」
「もし、佐伯さんがいなくなったら」
一瞬、言葉に詰まる
「……その時は、自分で頑張ります」
それから、少しだけ視線を逸らして
「でも、今は」
言葉を切って、微笑んだ
「もう少し、このままで」
僕は頷いた
それでいいと思った
無理に減らす必要も、急に戻す必要もない
考えすぎる天才が、歩くときだけ、少し余裕を持てるなら
それは、悪いことじゃない
ただ隣を歩いて、少し持って、少し先を言う
それだけのことが、いつの間にか、二人の日常になり始めていた
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↓最後に、第2章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓
