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第3章『球技』第2節:縦に駆ける静かな波ー アサガオノワルツ ー【ケンタウルスストーリーイベント】

前回のあらすじ

野球場を後にし、私は芝の匂いを背に受けながら歩いていた

「次は、何の球技をするんですか?迷子さん」
「あら……あまり乗り気が無かったのにもうハマっているの?」

少しだけ胸がざわつく

「いえ、そういうわけでは……」
「次は……サッカーよ」

案内されたのは、通常より広いフットボール場だった
人工芝は衝撃吸収仕様らしく、わずかに柔らかい
フィールドは明らかに通常より大きい

縦は120mから130m
横も80mを優に超えているだろう
ゴールも一回り以上大きく、威圧感がある

その中央付近で、一人のケンタウルスが華麗にリフティングをしていた

艶のある黒鹿毛。丸い瞳は柔らかく、淡色のアサガオ柄の浴衣が風に揺れる
動きは静かで無駄がない
ボールが蹄から脚、膝、そして再び足先へと吸い付くように跳ねる

私は思わず口にした

「凄いですね、ケンタウルスの体でこんなに綺麗にリフティングできるなんて」

彼女はボールを軽く止め、こちらへ向き直る

「ありがとうございます。それで……貴方は?」

穏やかな声だった

「すみません。私はヴァイスノヴァと言います」
「私はアサガオノワルツと言います。お二人はなぜここに?」

私は事情を簡潔に説明する
野球を体験し、次は別の競技を試していること

彼女は小さく頷いた

「それなら、サッカーも体験しませんか?」
「ええ、ぜひ」

フィールドを改めて見渡す
広い……とにかく広い

通常のサッカー場が縦105m、横68mだとすれば
ここはそれを明らかに超えている
ペナルティーエリアも25mに拡張され、ゴールは9mから10m
縦も3m以上ある。

私はプレイを観察した
違和感がある

「昔のサッカーゲームの縦ポンプレイみたいに縦パスばかりですね」
「それはそうですよ。馬の体の構造上細かい足元プレイより縦の走力を活かしたプレイの方が効率的です」
「……確かに」

実際、細かなドリブルは難しそうだ
急な方向転換や足元の繊細なタッチよりも、広い空間を一気に駆け抜けるほうが理にかなっている

彼女は続ける

「通常と違いペナルティーエリアの侵入と至近距離のシュートは禁止されてますよ」

「ペナルティーエリアの侵入禁止?」

「ええ、ペナルティーエリア内のシュートは、はっきり言って反応できませんからゲームになりません。まあ……ハンドボールみたいに空中セーフにはしてますが……」
「空中セーフ?」
「ヘディングなら、ギリギリ反応できますから」

私は思わずゴールを見つめる

「じゃあ、至近距離のシュートは?」

彼女は、ほんの少しだけ意味深に微笑む

「それは……後で体験する時に教えますね」

嫌な予感がした
しかし、私は頷く
走ることに関してだけは、逃げないと決めている

「では、まずは軽くパス回しから始めましょう」

ボールが静かに転がる

広いフィールド
縦へ伸びる空間
私は、自然と前傾姿勢を取っていた

走れる

それだけで、少し胸が高鳴る
ボールがこちらへ送られてくる

私は蹄でそっと止め――思った以上に遠くへ弾いてしまった

「あ……」

ボールはそのまま十メートルほど転がっていく
彼女は穏やかに言った

「大丈夫です。ここでは、それも“通常運転”ですから」

私は静かに頷き、深呼吸をする
縦へ……ただ、真っ直ぐに


後編を第3章『球技』のレースBGMと共にお楽しみ下さい


軽くアップを終え、呼吸を整えながら私はふと思い出した

「そう言えば、至近距離のシュートがなぜ禁止なのか?聞いてませんでしたよね」

彼女は小さく瞬きをする

「そうでしたね。では実際に打ってみますので、肌で感じて下さい」
「えっ、ちょっと待っ――」

次の瞬間
空気が破裂した

私の横を、砲丸のような何かが通り抜ける
音が遅れて耳に届く
ゴールネットが豪快に波打ち、支柱が震えた

私は固まったまま、ゆっくりと首を動かす

「……今のは?」

「今ので、大体200km/hから250km/hのスピードです。ちなみにプロサッカー選手だと平均で120km/hから150km/hですね。分かりやすく言うと、今のシュートは世界最速のロニー・エベルソン選手と同じ位の威力です」

さらりと言う

「そして、本気だと250km/hから300km/hくらい出ますが……至近距離のシュート、解禁しますか?」

私は即答した

「禁止でお願いします」

彼女は穏やかに頷いた

「賢明です」

そこから始まったのは、接触を極力避けた高速戦術サッカーだった

ボールはほとんど地面を転がらない
縦へ、さらに縦へ

ロングパスが放たれる
私はその軌道を読み、全力で駆ける

蹄が芝を蹴る
120mの縦幅が、妙に心地いい

細かい足元の勝負はない
代わりに、空間を奪い合う

彼女のパスは正確だ
堅実で、少し慎重すぎるほどだ
だが、私が加速に入る瞬間だけ、迷いなく縦へ出してくる

「今です、ノヴァ」

私は前傾を深くする
トップスピードに入るまでの数秒間が、たまらなく楽しい

普通に走るのとは違う
ただ前へ出るのではなく
ボールの落下点と味方の位置
相手の戻りを一瞬で測る

競馬的な“ペース配分”を無意識に持ち込む

序盤は抑え
中盤で上げ
最後に一気に差す

ロングパスを胸で落とし、そのまま前へ流す
至近距離シュートは禁止なので、思い切り振り抜けるのは、やや遠めからだ

私は一歩分、距離を置く

「いきます」

脚を振り抜く

衝撃
轟音

ボールは一直線に飛び
ゴール上部へ突き刺さった

ネットが揺れる
支柱がまた震える

「……少し抑えましょう」

彼女が静かに言う

「抑えて、あれです」

私は素直に謝った

その後も、縦へ、縦へ
接触はほとんどない。だが速度は落ちない

息が上がる
それでも、不思議と重くない

体験を終え、私は正直に言った

「スピード感があって……普通に走るのと違う新たな走りがあると分かって楽しかったです」

彼女は微笑む

「走ることは一つではありません」

少しだけ間を置き、続ける

「でも、次はもう少し堅実にいきましょう。全力を出すのは……ここぞという時だけ」

私は頷いた

広いフィールドを、もう一度見渡す
縦に伸びる芝のライン

ただ速いだけではない走りが、確かにここにあった

次節へ


*この節の登場ケンタウルスはこちら


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