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【答えはあとで】第5章 「答えを置かない」

第5章テーマは、価値判断の保留提示(Suspended Evaluation Cue)
価値判断の保留提示は【評価・結論・意味づけを意図的に示さない状態を保つことで、相手は「まだ決まっていない関係」に注意を向け続ける】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第5章 「答えを置かない」をイメージ楽曲と共にお楽しみ下さい

↓第5章のイメージ楽曲↓

前回のあらすじ

縁側の時間は、完全に日常になっていた

朝でも昼でもなく、用事と用事のあいだ
気づけば、私はそこに座っている
理由はない
でも、今日は少しだけ空気が違った

姉様たちが静かだった
いつもなら……
誰かが段取りを語り、誰かが感情を飾り、誰かが記録を整えている
今日は……それがない

代わりに、使用人の視線が増えている
目が合うと、すぐに逸らされる
でも、確実に見られている

(……あー、これ、なんか来るやつだ)

私は内心でそう思った
嫌でもないし、怖くもない
ただ、流れが変わる前触れだと分かる

直接、誰かに話しかけられることは……なかった
けれど、断片的な言葉が耳に入る

「いつ頃になるのかしら?」
「ご本人たちの気持ち次第、とはいえ」

私は、無意識に幸次さんのほうを見る

幸次さんは、その視線に気づく
でも、何も言わない
立ち上がりもしないし、慰めるような顔もしない

その態度が、今日は少しだけ重く感じた

しばらくして、縁側に二人きりになる
庭の音が……やけに遠い

私は、珍しく、はっきりした言葉を投げた

「ねえ」

声が、自分でも驚くくらい真っ直ぐだった

「このまま、どうなると思ってる?」

未来の話
関係の定義
答えの要求

全部が混ざった質問だ

幸次さんは、すぐには答えなかった
少しだけ考える時間を取ってから、ゆっくり言う

「どうなるか、決めてしまう必要は、まだないと思っています」

理由は言わない
方向も示さない

私は、一瞬、むっとした

(……ずるい)

いつもなら、ここで軽く流せる
「ふうん」で終わらせて、話題を変えられる

でも、今日は流れなかった

なぜなら、自分が「どうなりたいか?」を考え始めてしまったからだ

私は少しだけ口調を強めた

「じゃあさ」

一拍置いてから、続ける

「私が、やめたいって言ったら?」

これは試しだった
そして、逃げ道の確認でもある

幸次さんは、即答しない
少ししてから、正直に言う

「それは……止めません」

引き留めも
説得もない
正しさの説明もない言葉だった

私は、その答えを聞いて、胸の奥に妙な重さを感じた

肯定もされなかった
でも、拒否もされなかった

答えが置かれないまま、静かに、時間だけが進んでいく

それが、思っていた以上に、落ち着かなかった

その日、私は一人でいる時間が増えた

誰かに避けられたわけじゃない
用事が減ったわけでもない
ただ、気づくと、一人になっていた

いつもなら、何も残らない
考えもしない
そのまま次に行ける

でも今日は、言葉が残っていた

「止めません」

幸次さんの声が、やけに正確に思い出せる
抑揚も、間も、そのまま

私は自室で、畳に座ったまま動かなかった
服も替えず、髪もそのまま

綾乃姉様みたいに整理もしない
千鶴姉様みたいに物語にしない
澪姉様みたいに記録もしない
琴葉姉様みたいに意味づけもしない

ただ、考えていた

(……なんであの人、止めなかったんだろ)

引き留められると思っていたわけじゃない
説得されるとも思っていない

でも、何かは言われると思っていた

「それでも」とか
「少し考え直して」とか

そういう……“当たり前の言葉”

私は、そこで初めて気づく

今までの自由は……

誰も期待しない
誰も選ばない
誰にも選ばせない

それで、楽だった

でも今は……

選ばなくてもいいと言われたのに、離れられない

それが、妙に落ち着かなかった

私は立ち上がって、縁側へ向かった
呼ばれてもいないのに

幸次さんは、いつも通りそこにいた

同じ場所
同じ姿勢
何も変えていない

私は、隣には座らなかった
少しだけ距離を取る

そして、言う

「……私、期待しないよ?」

自分でも、変な言い方だと思った
宣言みたいで、でも弱い

幸次さんは、視線を向ける
すぐには答えない

少ししてから、淡々と言う

「それでいいと思います」

否定も、条件もない

私は、そこで逃げられなくなる

期待しなくていい
縛られない
判断も迫られない

それなのに―ここにいる自分を……否定できない―

胸の奥で、何かが静かに落ちた

(……あ)

声にはならない。

(これ、好きとかじゃなくて)

言葉を探して、やめる

(選んでる……かも)

それ以上は……考えなかった

幸次さんは、その変化に気づいている
でも、名前をつけない

私の感情を定義しない

ただ、言う

「花さんが、どう考えるかは、花さんのものです」

それだけ

日が沈み始める

私は立ち上がる
一歩だけ、幸次さんの方へ近づいてから、言う

「……答え、まだ出さないから」

それは、保留の宣言だった

幸次さんは、それを受け止める

「はい」

引き止めない
追いかけない

でも、そこにいる

結論は出ていない
何も決まっていない

それでも私はもう―考える場所を、幸次さんの隣に選んでいた―

「答えは……あとでいいや」


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