【答えはあとで】第4章 「言わなくていいこと」
第4章テーマは、非対称的自己開示圧(Asymmetric Self-Disclosure Pressure)
非対称的自己開示圧は【一方がほとんど自己開示しない状態で、相手の話だけを受け止め続けると、相手側に「もっと話すべきでは」という無意識の圧が生じる】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第4章 「言わなくていいこと」をイメージ楽曲と共にお楽しみ下さい
↓第4章のイメージ楽曲↓
前回のあらすじ
縁側の時間は、もう日課になっていた
別に幸次さんと約束したわけじゃない
時間を決めた覚えもない
それでも、用事が終わると、私は自然にそこにいる
幸次さんも、だいたいいる
毎日じゃない
でも、来た日は必ず同じ場所に座っている
(……当たり前みたいになってるな)
そう思って、少し可笑しくなる
否定はしない
ただ、事実として受け取る
会話は……相変わらず少ない
幸次さんは……質問をしない
「今日はどうでしたか?」と聞かれたことはない
私も、話題を探さないでいる
それでも、沈黙は重くならず、空気が詰まらない
その日も、しばらく何も話さずに座っていた
庭の音を聞いて、風の向きを感じるだけ
ふと、私は言った
「今日、澪姉様の部屋の前を通ったんだ」
完全に、どうでもいい話だった
意味も、続きもない
幸次さんは、視線をこちらに向ける
でも、「それで?」とは言わない
私は、そこで止めるつもりだった
……なのに。
「紙、また増えてた」
それだけ
評価も感想もない
幸次さんは、相槌を打たない
うなずきもしない
ただ……聞いている
その沈黙が、変だった
聞かれていない
促されてもいない
それなのに、言葉が続く
「……澪姉様さ」
一拍、間が空く
「前より、私のこと見なくなった気がする」
言った瞬間、私は少し驚いた
(あれ? 今の、言う必要あった?)
別に困ってるわけじゃない
責めたいわけでもない
ただの観測のはずだった
幸次さんは……
励まさない
同情しない
意味づけもしない
少しだけ間を置いて、言う
「そう感じたんですね」
それだけ
私は、急に自分が裸になったみたいな気分になった
でも、不快じゃない
言葉を引っ込めたくもならない
(……なんで、この人には言っちゃうんだろ)
庭に視線を落としたまま、続けてしまう
「……別に、寂しいとかじゃないけど」
それは、誰にも言ったことのない前置きだった
言わなくていいこと
言わないほうが楽なこと
でも、もう出てしまった
私はそこで、やっと気づく
もう、話すかどうかを、自分で選んでいない

風が、少し強くなった
庭の葉が揺れて、縁側に落ちる影が動く
私はその様子を眺めながら、さっき言った言葉のことを思い返していた
(……ちょっと、言いすぎたな)
そう自覚はある
いつもなら、ここで軽口に逃げる
「まあ、どうでもいいんだけどさ」
と言って、話を畳む
でも今日は、逃げなかった
「……まあ、どうでもいいんだけどね」
言い訳みたいに、口にする
幸次さんは、その言葉を拾わない
否定もしないし、追いかけもしない
逃げ道は、そのままにしておく
しばらくしてから……短く言う
「どうでもよくない話を、どうでもいいと言えるのは、強いと思います」
私は、思わず眉をひそめた
「……それ、褒めてる?」
幸次さんは、すぐに答えない
いつも通り、一拍置いてから
「事実を言っただけです」
それだけ
『なんだそれ』と思う
でも、嫌な感じはしない
褒められているようで、評価されていない
持ち上げられているようで、位置を変えられていない
少しだけ、落ち着かない
私は、軽く息を吐いてから、続けてしまった
「幸次さんってさ」
自分でも、なぜそんな言葉が出たのか分からない
「自分のこと、あんまり話さないよね」
責めているわけじゃない
不満でもない
ただ、気づいてしまったことを、そのまま口にしただけ
幸次さんは、ここで話さない
私に合わせて、何かを開示したりしない
少し考えてから、誠実に返す
「必要だと思われたら、話します」
それ以上は言わない
私は、その返事を聞いて、胸の奥が少しだけ変な感じになる
熱とも、冷たさとも違う
落ち着かないのに、拒まれた感じもしない
(……ずるいな)
(聞くくせに)
そんな言葉が、頭の中に浮かぶ
でも、それを口に出すことはしなかった
話さないことが、拒絶じゃない
今は話さない、という選択だと、分かってしまったから
日が暮れてきて、戻る時間になる
私は立ち上がる
でも、すぐには去らない
縁側の端で、少しだけ立ち止まってから、振り返らずに言う
「……また、来るから」
それは約束でも、宣言でもない
ただの事実みたいな言い方
幸次さんは、それを当然のように受け止める
「はい。お待ちしています」
引き止めない
確認もしない
私は、そのまま歩き出す
まだ……惹かれているとは言わない
好きかどうかも……考えていない
でも―話してしまった自分を、否定しなかった相手が、ここにいる―
それだけで、今日は十分だった
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