【攻略する側が堕ちるゲーム】第5章 「これは実験じゃない。恋愛でもない。なのに、なぜ……」
第5章テーマは、認知的不協和(フェスティンガーの理論)
フェスティンガーの理論は、人は「自分の信念・態度・行動が矛盾したとき、不快感を覚える」という心理です。その不快感を解消するために、「思考や態度を変える」傾向があります
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第5章 「これは実験じゃない。恋愛でもない。なのに、なぜ……」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
「これは恋愛じゃない。あくまで心理的実験である」
俺は声に出してそう言った。声に出すことで、事実のように聞こえるからだ
心臓の鼓動がやや早いのは気のせい。汗ばむ手のひらも、ただの湿度のせい
今日はゆかりの誕生日……だった“らしい”
“らしい”というのは、俺が勝手に書類棚の家政婦プロフィールから読み取っただけで、本人は一言も言ってこなかった
だから、祝う必要はない。恋じゃないから。これは、実験だから
……なのに、気づけば俺は、プレゼント用に**「温度で色が変わる紅茶カップ」**を買っていた
彼女が紅茶を淹れる姿を見るたび、「感情もこんなふうに色が出たらいいのに」と思ってしまった
それを、形にしてしまった。……負けだ
けれど、俺はまだ諦めていない。これは、**“贈与と感情の相関”を測る実験”**ということにすればいい
要するに、感情の変化を観察するツールとしての、贈り物なのだ。恋愛じゃない。絶対に
夕方、俺はそれを手渡した
「……これ、たまたま手に入ったから。紅茶好きな人に渡すのが効率的かなって。別に、深い意味はない」
「温度で……色が変わるのですね」
「いや、別に意味は……」
「“心は見えないけど、器なら見える”……と、書いてあります」
しまったああああああああああああああああああ!!!
なぜそんなポエミーな英文が底に印刷されてるんだ!? どうしてそれを最初に読まれる!?
俺の中で、全米が失笑していた
「……なんか、そういうメーカーらしいから。俺じゃない、それは俺じゃない」
「了解しました」
反応はいつもの無表情。けれど、ほんの少しだけ、手の動きが柔らかくなったような――気がした
……気のせいだ。これは恋じゃない。錯覚。錯誤。錯乱
夜。俺は「恋愛じゃない証拠」を積み上げるため、“恋愛っぽくない行動”をリストにして、自ら実行していった
■リスト例:
無言でエプロン姿で家中の排水溝掃除(恋じゃない感MAX)
ゆかりの髪にホコリを発見しても無言でホウキで払う(ロマンゼロ)
紅茶を一緒に飲む時に、あえて左右逆の位置に座る(心理的距離アピール)
全然うまくいかなかった
俺がどれだけ“好きじゃないフリ”をすればするほど、彼女の一挙一動に意識が集中していく
コップを持つ指の動き。茶葉を選ぶときの迷い方
カップに映った、彼女の顔の輪郭
全部、好きだ
認めたくない。だってそれは、俺が今までしてきた“実験”を、全部茶番にしてしまう
俺はただ、彼女がどう変わるかを知りたかっただけだ
でも、気づけば、自分がどんどん変わっていた
やばい。このままじゃ、“自分の感情”が一番、解明できない
その夜。俺は「自分の気持ちを落ち着ける」ために、自作アンケート用紙を作った
タイトルは《彼女に恋してないことを証明するための20の質問》
1問目:彼女の行動に心が乱れたことがある →はい/いいえ
2問目:彼女の紅茶がやたら美味しく感じる →はい/いいえ
3問目:笑顔が出た瞬間、心拍が2倍になった →はい/いいえ
12問目まで来た時点で、すべて“はい”に丸をつけていた
「……このアンケート、どうやって破棄しようか」
捨てるのも切ないし、残すのも恥ずかしい
ああ、なんなんだよこれ……これ、恋なのか?
いや、違う。まだ、違うってことにしておきたい
朝
俺は完全に吹っ切れていた
「よし。恋じゃないことを伝えよう」
なぜなら、このままだと本気で恋をしてしまいそうだったからだ
感情が芽生えれば芽生えるほど、俺の脳内で「いや、これは恋じゃない」という警報が鳴り響く
だから、逆に言おう。はっきりと、宣言しよう
――「君のことが好きじゃない」と
……言い方、間違ってないか?
いや、理論的には合ってるはずだ
俺は廊下で待ち構えた。メモを手に、セリフを繰り返し練習する
「誤解されるかもしれないけど、君のことは決して好きじゃない。だからこそ、気になって仕方ない」
……うん、だめだ。支離滅裂すぎる
そんなとき、足音。来た。いつものテンポ。ゆかりだ
「……おはよう、ゆかり」
「おはようございます」
「君に、伝えたいことがある」
「はい」
言うんだ。言えば楽になる。俺は冷静だ。論理的だ
「俺は、君のことを――好きじゃない。……たぶん」
「……たぶん?」
「いや、違う。“たぶん”っていうのは、“そうじゃない可能性”があるってことで――」
「“そうじゃない可能性”とは、“好き”ということですか?」
「いや、あの、えーっと……逆に言うと、君が気になって仕方ないのは、好きじゃないからこそで――」
「それは、“好き”ということかと」
「……」
完敗だった
無表情のまま、まっすぐ見て、正論で刺してくるこの女。なんなの。こっちは命削って“否定型告白”してるのに、どうしてその冷静さでスパッと来るんだ
「……もう、いいや。好きかどうかとか、定義めんどくさいし……そのうち、“命令なしでも一緒にいたい”と思うようになったら、それが答えってことで」
「了解しました」
「“了解”しないで? もうちょっと揺れて? こう……顔赤くするとかさ……」
「では、本日の朝食をお持ちします」
くっそ、いつも通りの業務対応……でも、なんだろう
歩いていく彼女の後ろ姿が、今日はほんの少し、軽く見えた
その日の昼
書斎の机の上に、そっと置かれた紙
彼女の字だ
《“命令ではありませんが”、午後、散歩に行かれますか?》
……わかってやがる
これは、俺がずっと彼女に投げてきた言葉の“返し”だ
命令じゃない。けど、気持ちはある
そんな、ぎこちない好意の伝え方
たまらず俺は返事を書く
《では、“たまたま”散歩に出ようと思っていたところだ》
……わけがわからない
でも、こんなやりとりが楽しいと感じている自分がいる
なんだよもう、完全に恋じゃねーか
夕方、玄関で靴を並べていると、彼女がぽつりと言った
「本日は、少し風が強いようです」
「そうか。じゃあ……あれだな」
「?」
「飛ばされないように、俺が“そばにいるのは偶然”ってことにしておく」
「はい、“偶然”ですね」
ほんの一瞬、口元が揺れた気がした
笑ったとは言わない。確信もない
でも、その“わからなさ”ごと、なんだか愛しく感じる
これが“攻略”なのか、それとも“降伏”なのか
――たぶん、その両方だ
この物語に登場する恋愛心理学の正しい使い方を知りたい方
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ここまで付き合ってもらいありがとうございました
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