【攻略する側が堕ちるゲーム】第4章 「お前が笑うと、こっちの命が持たない」
第4章テーマは、ギャップ理論
ギャップ理論は、人は、「最初の印象と後の印象にギャップがあると、強い好意や記憶に残りやすい」という心理法則です
特に「ネガティブ→ポジティブ」のギャップは効果的です
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第4章 「お前が笑うと、こっちの命が持たない」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
彼女が一瞬だけ、口元を緩めた日があった
あれは幻覚か、それとも錯覚か――いや、確実に笑っていた。ほんの、ほんのわずかに
それは、廊下で俺がスリッパのまま階段を踏み外して、完璧な“後ろ向き受け身”で倒れた日だった
誰にも見られていないと思ったその瞬間、視線を感じて振り返ると、彼女がそこにいた
「……ふっ」
その音は確かに耳に届いた
口元は、ほんの少しだけ、上がっていた
その瞬間、俺は悟った
あの笑顔は、破壊兵器だ
無表情という常態から放たれる、数ミリの笑みの破壊力は、もはや人類の想像を超える。
ならば、もうやることは決まっている
笑わせよう。絶対に、もう一度、あれを引き出す
作戦第一弾。「だじゃれ」攻撃
朝のキッチンにて、俺は唐突に切り出す
「おい、ゆかり。“冷蔵庫”って、冷えた像が住んでるのか?」
「……?」
「冷え蔵、ってな。……な?」
「冷蔵庫には、冷えた野菜が入っています」
違う。そうじゃない
なぜ毎回、メカニカルに正解だけを返してくるのか。AIか
次。第二弾
「王様コスプレ作戦」
突如、赤いガウンと紙製の王冠をかぶってリビングへ登場
「ふははは、我こそは“牛乳の王”なり。そなたに朝の乳を授けよう」
「ありがとうございます。昨日より、0.2度低い温度です」
……そこかよ。ツッコミの精度が理系
第三弾。「変なあだ名で呼ぶ作戦」
・“静音式メイド”
・“表情筋の怠け者”
・“心拍ゼロの紅茶女”
・“動かざること山のごとし”
どれも反応ゼロ
いや、むしろこっちの心が折れそうだ
午後、俺は少し作戦を変えた
「逆に、俺が笑わない」戦法に出る
“笑いを取る”のではなく、“自分が笑わないことで、相手が気になる”という高度な戦術
リビングにて、スマホで面白動画を見ながら完全無表情で静止する。あえて笑わない。ガッツポーズを決める芸人、爆発する水風船、全部スルー。あくまでクールに
そこへゆかりが入ってきた
「……旦那様、動画がお好きなのですか?」
「いや、これはテストだ。感情制御の、ね」
「ふふっ……」
!?
今、今、今!!!!
「いま“ふふっ”って言った!? 言ったよな!? なに!? なにがツボだった!?」
「……失礼しました。スマホの音声が、やや変でした」
「えっ、動画じゃないの!? おれじゃなくて音声なの!? えっ、えっ!?」
そのまま彼女は掃除に戻っていく。何もなかったように。俺だけが、世界でひとり取り残されていた
だが、確信は得た
あいつ、確かに笑う。たまに。ごくまれに。しかも自覚が薄い
ならば――もう一押し
この命に代えても、あと1ミリの笑顔を引き出してみせる
明日は、**伝家の宝刀“ギャグフルコース”**でいく
俺が培ってきたすべての恥と技術を、1日にぶつけるしかない
ふふふ、覚悟しておけよ……“感情ゼロ号”
朝。俺は鏡の前に立っていた
「……いける。今日は“すべて”を出し切る日だ」
これまで培ってきたすべてのネタ、奇行、恥の上塗り――今日という日のためにあったと言っても過言ではない
目指すは、ただひとつ
“あの無表情メイドに、笑わせ勝つこと”
まず、第一弾。朝の登場から勝負は始まっている
俺はパンダ柄の部屋着に身を包み、口には牛乳瓶のフタ、背中には“心を笑顔に”と書かれた雑巾をマントのように装着
「ゆかり! 俺は今日から、心・清掃戦隊・ミルクマンだ!」
「おはようございます。……お召し物にホコリがついています」
うむ、冷たい。だが、ここで心折れては敗北だ
昼。第二弾
俺はリビングの床に段ボールで“落とし穴(風)”を作り、そこに落ちるフリをして――わざと盛大に転がりながら叫んだ
「うわああああああっ! くっ……ここが“心の落とし穴”か……!」
「段差は2センチです」
「冷静か!」
午後。第三弾。“文字芸”を披露する
紙に大きく書いた文字「笑」という字を逆さに持ち
「これが見えるってことは、笑いの神が君の背後に……!」
「その文字、裏から透けて見えております」
「そっちかいッ!!」
彼女の表情は、変わらない。完璧なまでの無表情
だが、どこかで、微妙に口元が揺れた気がする。確信はない。でも、確かに“何か”が変わってきている気がした
そして――夕方
俺は最後のネタをぶつける
「ゆかり。俺、今日一日、君を笑わせるためだけに生きてきた」
「はい」
「だから……これを見てくれ」
そう言って取り出したのは、“自作絵本”。タイトルは『メイドさん、笑ってもいいんだよ?』
表紙には、スティック人形の俺と彼女。中身は完全に棒人間劇
・風呂に落ちる俺
・すべって転ぶ俺
・なぜか空を飛んで宇宙に行く俺
すべてのページで、俺が“いい感じに恥ずかしい”
ページをめくっていくと、最後の1枚
棒人間の俺が、膝をついて言っていた
『君が笑ってくれたら、それが一番、救われるんだよ』
……無言。数秒の沈黙
「……ふっ」
その瞬間だった
小さく、小さく――彼女が、笑った
目が合った
その口元が、ほんの数ミリだけ上がっていた
「いま……笑った?」
「……たまたまです」
「否定してるようで、否定してない……! これは、これは、事実上の勝利では!?」
「……紅茶、入れますね」
そのまま彼女はキッチンへ向かっていった
何ごともなかったように。まるで“笑ってなどいない”という態度で
でも、俺は見た
背中越しの、ほんの一瞬の“緩み”
あれはたぶん
笑顔の初期症状だ
俺の心臓は、さっきの棒人間みたいに爆発しそうだった
「……これ、俺が攻略してるはずだったんだけどなぁ……」
笑わせたはずなのに
なぜか、俺のほうが、落ちていた
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