【星の力を借りて恋を紡ぐ】第4章 「さそり座の一瞬とスノッブ効果」
第4章テーマは、スノッブ効果(Snob Effect)
スノッブ効果は【多くの人が持っているものには価値を感じにくく、逆に「希少性のあるもの」や「他の人が持っていないもの」に強く惹かれる心理効果】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第4章 「さそり座の一瞬とスノッブ効果」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
昴(すばる)に頭を下げるたびに、自分がだんだん「妹専属の便利屋」に落ち着いてきている気がしてならない
「なあ、澄玲(すみれ)さんとのデート、お願いできないか」
僕が頼むと、昴はお菓子の袋を破りながらニヤリと笑った
「いいけど、条件はわかってるよね?」
またか、と心でつぶやく
「まずは限定プリン!今回は黒蜜きなこ味。これ逃したら一生後悔するよ」
「お前、毎回プリンばかりじゃないか」
「だって、旬は逃せないんだもん」
彼女の目は本気だった。仕方ない、また行列に並ぶ未来が確定した
「それと……横断幕」
「横断幕?」
「うん、今度の大会用の応援横断幕を、兄ちゃんが描くこと!」
思わず聞き返した
「普通、部員とかがやるものじゃないのか?」
「兄ちゃんの文字、無駄に几帳面で目立つんだよ。あと、変に真面目だから応援っぽさが逆にウケるの」
「応援が“逆にウケる”って何だよ……」
こうして僕は、またしても机に向かうことになった。模造紙を広げ、ペンキを垂らし、太い筆で大きな字を書く。書道の授業以来の筆を持つ手はぎこちなく震えた
「もっと力強く!そこは“必勝”って感じで!」
横で昴がうるさい監督のように叫ぶ。何度もやり直しては紙を破り、床は絵の具だらけになった
「お前の大会の応援に、なんで僕が徹夜してるんだ……」
「兄ちゃんの愛がこもってるから勝てるんだよ!」
「いや、愛って……」
呆れながらも、結局は真剣に書き上げてしまう自分が情けない
そして迎えた夜。流星群観測イベントの日。公園には人が集まり、双眼鏡やシートを広げて空を待っていた。澄玲は浴衣ではなく、落ち着いた私服姿で現れた。星空に似合う、静かな佇まいだった
「高坂さん、こんばんは。今日もありがとうございます」
丁寧に頭を下げるその仕草に、僕の方が恐縮してしまう
「いえ、こちらこそ……」
夜空には、さそり座がくっきりと輝き、その隣にはいて座が淡い光を放っていた。天の川が二人の間を繋ぐように流れている
観測が始まると、僕はつい、横断幕作りの夜を思い出していた。文字を大きく書くたびに、単なる紙が「誰かを励ます布」に変わっていく感覚。あれは妙に胸に残っていた
「流れ星、見えましたか?」
澄玲の声にハッとする
「いや、まだ……でも、思うんだ。星って、ただ光ってるだけなのに、一瞬の流れで特別に見える」
言葉が自然と出ていた。徹夜で筆を振るった記憶と重なって
「横断幕も同じで、ただの布に過ぎないのに、言葉を刻むと特別になるんです」
澄玲が目を瞬かせた
「……特別、ですか」
「はい。今日の流星も、明日になれば消えるけど――君と一緒に見たから特別なんです」
自分でも驚くほど、すらりと出た言葉だった
横断幕を描かされた苦行が、なぜこんなロマンチックな台詞につながるのか。冷静に考えればおかしいが、その時の僕は真剣だった
澄玲は視線を空に戻し、流れ星を探すように首を傾けた
「……不思議ですね。そう言われると、星が一枚の布のように見えてきます」
その横顔を見て、胸の奥に静かな高鳴りが広がった
まさか昴の無茶な要求が、こんな夜に繋がるなんて――

夜が深まるにつれ、公園のざわめきは次第に静かになっていった。空にはさそり座の赤い心臓、アンタレスが光り、その上にはいて座の弓が天の川にかかっていた。やがて一筋の光が夜空を横切ると、人々から歓声が上がる
「……流れましたね」
澄玲が声を潜める。小さな驚きが混じった声だった
「はい。でも、ほんの一瞬でした」
「だからこそ、ですね」
彼女の言葉に、僕は不意に笑ってしまった。横断幕の夜を思い出していたからだ
「何がおかしいんですか?」
「いや……実は、昴の大会用に横断幕を作らされてて」
「横断幕……ですか?」
「ええ。布に言葉を書くのって、ただの作業のはずなのに、出来上がった瞬間に“特別なもの”になるんです。だから流星を見て、同じだなって思って」
澄玲は目を丸くし、それから小さく笑った
「なるほど……。確かに、言葉や一瞬の光が、人の心に残るのは不思議です」
流星が次々と流れる。その度に歓声が重なり、空気が熱を帯びていく。僕は隣に座る澄玲に視線を向けた
彼女は空を見上げて、真剣に目を細めていた。その横顔を見ていると、自然と口が動いていた
「今日の流星群、きっと来年も見られる。でも……今日、君と見ているからこそ特別なんだ」
言葉が出た瞬間、顔が熱くなる。冷静に考えれば、応援横断幕を徹夜で描いていた男がこんなことを言うなんて滑稽だ。だが、真剣に伝えたかった
澄玲は驚いたように目を瞬かせ、少し間を置いてから口を開いた
「……特別、ですか」
「はい。一瞬の光だからこそ価値がある。大勢が同じ空を見上げていても、隣に君がいることは、唯一だから」
澄玲は唇を噛み、やがて小さく笑った
「……不思議ですね。高坂さんといると、ただの星空が、違う意味を持って見えるんです」
その笑顔に胸を突かれる。彼女は普段、陸上部のエースとして強気に見える。けれど今は、夜空に心を映すような繊細な表情だった
再び流れ星が走る
「高坂さん、お願い事はしましたか?」
「え?」
「流れ星に願い事を三回唱えると叶うって、よく言いますよね」
「いや、見とれてて……」
情けなく答えると、澄玲はくすっと笑った
「では、次が流れた時には一緒に言いましょうか」
「一緒に?」
「ええ。その方が、きっと特別になります」
そう言って彼女は再び夜空を見上げた。僕も慌てて同じ方向を仰ぐ。やがて一筋の光が天の川を横切った瞬間、二人の声が重なった
「今日が、特別でありますように」
偶然なのか、心が通じたのか。同じ言葉を同じ瞬間に口にしていた。澄玲は驚いたように僕を見て、それから少し恥ずかしそうに目を逸らした
あの徹夜の横断幕が、この瞬間に繋がるなんて誰が想像しただろう
「無駄な努力なんて、案外ないのかもしれないな……」
そう心の中で呟きながら、僕はもう一度夜空を見上げた
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