【星の力を借りて恋を紡ぐ】第3章 「夏の大三角を結ぶゲシュタルト」
第3章テーマは、星型錯視とゲシュタルト効果(Star-shape Illusion & Gestalt Principle)
星型錯視とゲシュタルト効果は【ゲシュタルト心理学では、人は個々の要素を「全体」として意味ある形にまとめて認識する傾向があるとされます。星型錯視は、複数の線や点が集まると、そこに「見えない星の形」を脳が補ってしまう現象】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第3章 「夏の大三角を結ぶゲシュタルト」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
妹の昴(すばる)に頭を下げるのは、もはや恒例行事のようになっていた。澄玲(すみれ)との三度目のデートを頼むと、彼女はゲームのコントローラーを置き、妙に大人びた顔で僕を見上げる
「条件はね、二つあるの」
またか、と心の中で嘆く
「ひとつ目は、もちろん限定プリン。今回は苺味だから、早めに並ばないと売り切れるよ」
「……またプリンか」
「ふたつ目は――今度の大会に向けて、私に千羽鶴を献上すること!」
「は?」
あまりに突拍子もなくて、言葉を失った
「だってほら、縁起物じゃん? 私が勝つためには兄ちゃんが徹夜で折るしかないよね」
「……それ、普通は自分で折るものだろ」
「でも兄ちゃん、細かい作業得意でしょ? あ、失敗したのはやり直しだから」
結局、僕は机に向かい、紙を三角に折っては広げ、折ってはつぶす夜を繰り返すことになった。千羽鶴なんて小学生以来だ。大学二年にもなって、妹のためにせっせと鶴を折る姿は、冷静に考えれば滑稽だろう
「ここ、角がずれてる。やり直し」
横から昴の声が飛ぶ。赤ペン先生よろしく、出来の悪い鶴は即座に却下され、紙くず箱が膨れ上がっていく
それでも不思議なことに、折り続けるうちに「線を折って形を作る」感覚が頭に染み込んできた。真剣にやればやるほど、ただの紙の四角が鶴の形に見えてくる。最初はバカげていると思ったが、次第にその整った線が美しく感じられていた
そうして迎えた夜。デートの舞台は近所の公園。木々の間から夜空が大きく開け、夏の大三角がくっきりと浮かんでいた。わし座、こと座、はくちょう座――三つの星が三角を描き、天の川に架かる橋のように輝いている
「……あれが、夏の大三角なんですね」
澄玲は夜風に揺れる髪を押さえ、空を見上げながら呟いた。その横顔は、街灯に照らされて柔らかく映えていた
僕はポケットの中で指先をもぞもぞと動かした。折り紙の感覚がまだ残っている。どうしても伝えたくて、口を開いた
「この星とこの星を線で結ぶと……折り紙みたいに形が見えるんだ」
指で三つの星を順に結ぶようになぞる
「ただの点が、線でつながった瞬間に、意味を持つ。まるで鶴を折る時みたいに」
澄玲が驚いたようにこちらを見た
「折り紙……ですか?」
「そう。最初はただの四角い紙なのに、折り線を重ねていくと、気づけば鶴の姿が浮かんでくる。星も同じで、ただ光っている点が、線を結ぶことで姿を持つんだ」
自分でもおかしいと思った。妹に強制されて折らされた千羽鶴の作業が、ここで役立つなんて。だが言葉は意外と自然に出てきた
澄玲はしばし空を見つめ、やがて微笑んだ
「……不思議ですね。確かに、ただの光が、形を持って見える気がします」
その表情は、どこか子供のように純粋で、けれど星空と重なって眩しかった
――妹に振り回されて夜な夜な鶴を折った甲斐が、少しはあったらしい

夜の公園は思った以上に静かで、虫の声と遠くの車の音だけが聞こえていた。ベンチに並んで座り、澄玲と一緒に夏の大三角を見上げる。僕の指が描いた線を追うように、彼女の視線も夜空をなぞっていた
「本当に、折り紙のようですね」
澄玲は柔らかく笑った
「私、小さい頃によく千羽鶴を折っていたんです。でも、途中で諦めてばかりで……最後まで折り切ったことはなくて」
その言葉に、僕の肩が思わず震えた。脳裏に浮かぶのは、机いっぱいに散らかった失敗作の鶴。妹に「角ずれてる、やり直し!」と何度も叱られ、徹夜で紙を折り続けた惨状だ
「……僕は、つい最近、千羽鶴を折らされてました」
「え?」
「昴に。あいつの大会のために、夜な夜な……。まるで拷問みたいでしたよ」
自虐混じりに言うと、澄玲は口元を手で覆って笑った
「ふふ……すーちゃんらしいですね。でも、そのおかげで今日、こんなふうに星を折り紙に見立てられたんですね」
「そうかもしれません。いや、そうなんだと思います」
千羽鶴を折るなんて、普通ならただの雑用だ。けれど、真剣に向き合った結果、星を線で結ぶという発想に繋がった
冷静に考えると馬鹿みたいだが、今この瞬間、それが澄玲の心に届いているのなら、それで十分だった
夜風が少し強く吹いて、彼女の髪が揺れる。その横顔を見ていると、また言葉がこぼれた
「……君も、きっと折り重ねて、形をつくっているんだと思います」
「え?」
「走る自分も、詩を読む自分も。全部が積み重なって、君という形になっている」
言い終わった瞬間、顔が熱くなる。鶴を折りすぎて頭がおかしくなったのかと自分を疑いたくなるほどだ
けれど澄玲は、目を見開き、やがて視線を落として小さく呟いた
「……そういうふうに言われたの、初めてです」
彼女の声はかすかに震えていた。その震えが、僕の胸を強く打った
帰り道、公園の出口で足を止めると、澄玲が振り返った
「高坂さん……今日のお話、きっと忘れません。星と折り紙、すごく素敵でした」
その言葉に、徹夜の苦労も紙くずの山も、すべて報われた気がした
アパートに戻ると、机の上にはまだ折りかけの紙と、山のような失敗作の鶴が転がっていた
「……結局、全部あいつの思うつぼだな」
苦笑しつつ、窓の外を見上げる。夜空には、夏の大三角がまだはっきりと輝いていた
線を結んで初めて見える形。その不思議を胸に、僕は次の夜空を楽しみにする気持ちを抑えられなかった
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