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【聖夜までに恋をひとつ―氷の数式が溶ける夜―】第5章 「測定不能という結論」

第5章テーマは、認知的一貫性崩壊と再統合(Cognitive Dissonance Rebinding)
認知的一貫性崩壊と再統合は【「行動してしまった事実に合わせて、考えを作り替える」 という作用】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第5章 「測定不能という結論」をイメージ楽曲と共にお楽しみ下さい

↓第5章のイメージ楽曲↓

前回のあらすじ

クリスマス直前だというのに、氷室先輩の観察が止まった
いや、正確に言うと―俺への“記録”が止まった―

朝、廊下で会ってもノートを開かない
昼、同じ教室にいても視線が来な
放課後、生徒会室に行っても、ペンの音がしない

「……逆に怖いんだけど」

俺は自販機の前で温かい缶コーヒーを選びながら、小声で呟いた
ここまで来ると、観察されてない方が落ち着かない
完全に感覚がバグっている

ベンチに腰を下ろすと、少し遅れて氷室先輩が現れた
いつも通りの表情。いつも通りの歩き方
ただ一つ違うのは―ノートを持っていないこと―

「……今日は、測定を中断しています」

開口一番、それだった

「いや、測定って言い方やめません?」
「事実です」

即答。ぶれない
でも、先輩は俺の隣に座ると、珍しく手を膝の上で組んだ
逃げ道を塞ぐみたいな姿勢で

「天ヶ瀬くん。質問があります」
「はい」
「あなたは……私を、どう評価していますか?」

……評価って

「えっと……評価って言われると困るんですけど」
「困る理由を述べてください」
「今の状況で論文みたいな受け答えしたら、さすがに俺の正気が疑われるので」

俺がそう言うと、先輩は一瞬だけ目を伏せた
その仕草が、なぜか胸に刺さる

「……では、言い換えます」

先輩は顔を上げる

「あなたは、なぜ私に優しいのですか」

直球だった
しかも逃げ場のない角度だ

「いや、それは……」

俺は頭を掻く
こういうとき、正解を探す癖がまだ抜けない

「先輩の理論が正しいから、とかではありませんよね」
「……違います」
「計算上、好意を示すべきだから、でもない」
「それも違います」

先輩は一つずつ否定していく
自分で用意した選択肢を、自分で消していくみたいに

「では、なぜですか」

俺は少し息を吸ってから、言った

「先輩の理論、間違ってないと思います」

先輩の指が、ぴくっと動いた

「でも……俺が先輩を好きになった理由は、全部計算外です」

沈黙
風が吹いて、落ち葉が足元を転がる音だけが響いた

「……それは、矛盾です」

先輩は静かに言った

「理論が正しいなら、理由は説明可能であるべきです」
「そうですね」
「説明できない感情は、再現性がありません」
「はい」
「再現できないものは、信頼できません」

先輩はそう言い切ったあと、少しだけ声を落とした

「……なのに」

その続きが、なかなか出てこない
俺は、ふっと笑ってしまった

「先輩」
「何ですか」
「その理屈で言うと、今の先輩が一番、信用ならないですよ」

先輩は、完全に言葉を失った

その表情を見て、俺は確信した
―ああ、この人は今、全部わかってる―

わかってるのに、選べなくなっている

ベンチの上に、置かれていたはずのノートはない
でも、その代わりに―先輩の両手は、ぎゅっと握られていた―

それが、今までで一番“正直”に見えた

しばらく、先輩は何も言わなかった

ただ、手を握ったまま、じっとノートのない膝元を見つめている
あのノートがないだけで、空気がこんなに変わるのかと、正直ちょっと驚いた

「……天ヶ瀬くん」

先輩は、ゆっくりと顔を上げた

「私は、あなたに対して、矛盾した状態にあります」
「うん、まあ、見ててわかります」
「理論的には、あなたへの好意は説明可能です」
「はい」
「ですが、感情としての反応は、説明不能です」

真顔で言われると、重いのか軽いのかわからない
俺は曖昧に笑った

「それ、もう答え出てません?」
「いいえ」

即否定
でも、その声はほんの少しだけ震えていた

先輩は立ち上がり、鞄からノートを取り出した
……持ってきてたんじゃん

最後のページを開く
そこには、これまでの几帳面な文字とは違う、余白だらけのページが広がっていた

「私は、このページに“成功率”を書くつもりでした」
「……はい」
「ですが……書けません」

先輩はペンを構えたまま、止まった

「数値が定まらない」
「それ、先輩史上初ですよね」
「はい。非常に不本意です」

そう言いながら、先輩はペンを置いた
そして―ノートを、ぱたんと閉じた―

その音は小さかったのに、やけに決定的だった

「天ヶ瀬くん」
「はい」
「私は……あなたを好きです」

一瞬、世界が止まった気がした

「この感情は、再現できません」

先輩は、逃げなかった

「理由も、数値も、理論もありません」

視線が逸れない
声も、震えながら踏みとどまっている

「それでも、私は―この選択をします―」

……ああ
この人、ここまで来て、ちゃんと“選んだ”んだ

俺は、思わず苦笑した

「先輩、それ告白ですよね」
「……はい」
「めちゃくちゃ不器用ですね」
「承知しています」

即答かよ

俺は一歩、近づいた
でも、手は伸ばさない
最後まで、ちゃんと目を見て言う

「俺も、先輩が好きです」

その瞬間、先輩の目が、ほんの少しだけ見開かれた

「……成功率は?」
「測定不能でいいじゃないですか」

俺がそう言うと、先輩は小さく、でも確かに笑った

「……その結論は、嫌いではありません」

先輩はノートをもう一度開き、最後のページに書き足した

成功率:測定不能
選択:確定

それを見て、俺は思った

理論を捨てたわけじゃない
感情に逃げたわけでもない

この人は、自分の世界を壊して、広げただけだ

「先輩」
「何ですか」
「これからも、俺の行動、記録します?」
「……必要があれば」
「いや、やめときましょう」
「なぜですか?」
「これ以上分析されたら、俺の心臓がもたないので」

先輩は少し考えてから、こう言った

「では、観察は“非公式”とします」
「それ、余計怖いんですけど」

そう言い合いながら、並んで歩き出す

空には、静かに雪が降り始めていた

計算できない恋
再現できない感情

でも―確かに、ここにある―

それだけで、今は十分だった

以上で、【聖夜までに恋をひとつ―氷の数式が溶ける夜―】の物語はおしまいです
この物語に登場する恋愛心理学の正しい使い方を知りたい方
以下リンクにて確認できます


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