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【僕は狂ったさくらが好きです】第1章 「最高の……喪失感」

第1章テーマは、情動ラベリング干渉(Affect Labeling Interference)
情動ラベリング干渉は【情動ラベリング干渉とは、あえて感情を明確にラベル化させない、あるいはラベルを揺らすことで、感情の処理を“完了させない”状態を作ることを指す】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第1章 「最高の……喪失感」をイメージ楽曲と共にお楽しみ下さい


↓第1章のイメージ楽曲↓

前回のあらすじ

放課後の帰り道は、いつも同じ幅だ
並んで歩くと、自然と肩がぶつからない距離になる

「湊、また振られた」

角を曲がる前に、さくらはそう言った
声は軽い。いつも通り

「今回ちょっと長かったんだけどねー。なんと二ヶ月。新記録!!」

鞄を揺らしながら笑う
春でもないのに、街路樹の葉がやけに明るい

「彼、優しかったよー。ちゃんと話も聞いてくれたし。私が変なこと言っても、怒らないタイプ」
「うん」
「でもねー、なんか違った」

……違うの中身は聞かないでおこう

「安心しすぎたのかな。ほら、私、終わる前提で恋を始めるじゃん?でもあの人、終わらなさそうだった」
「終わらなさそう?」
「うん。続きそうだった。だから、ちょっと物足りなかった」

物足りない?
僕は一度だけ足元を見る
白線が途切れている

「物足りないって……どのあたりが?」
「うーん……こう、ドキッとするやつ?あ、終わるな、っていう予感。あれがないとさ、なんか盛り上がらない」
「予感がないと、だめ?」
「だめっていうか、つまんない」

言い切る
その言葉のあと、少しだけ風が止まった気がした

「でね」

さくらはくるりと前を向き直る

「今のこの喪失感……最高❤」

両手を胸の前で握る仕草まで、いつも通りだ
僕は、いつもなら「よかったね」と流す

今日は、少しだけ間を置いた

「それ、本当に最高なの?」

歩幅が半歩、揃わなくなる

「え?」
「未練がある感じに見えるけど」

ただの観察だ
問い詰めるつもりはない

さくらはすぐに笑う

「未練?ないない……ないよ」

即答
けれど、そのあと視線が一瞬だけ前を外れた

「そう」

それ以上は言わない
言葉を重ねると、形が決まってしまうから

数歩、無言で進む
住宅街の匂い
夕飯の準備の音

「湊ってさ」

さくらが横目で僕を見る

「私が振られても全然動じないよね?」

試すような声
僕は少し考える

「慣れた」
「……慣れた……かあ」

さくらは笑った
でも、さっきより少しだけ、声が低い

そんな話をしているうちに、家にたどり着いた

「じゃ、また明日」
「うん、明日」

背を向けたあと、呼び止められる気配はない
ただ、さっきの言葉が残っている

慣れた

それはたぶん、僕が思っているよりも、長い時間の話なのかもしれない

数日後

さくらはいつも通りだった

「ねえ聞いて。昨日ね、アイス三つ食べた」

どうでもいい報告を挟みながら、いつもの笑顔で歩く
けれど、ポケットの中でスマホを何度も持ち替えているのが見える

信号待ちのとき、画面が一瞬だけ光った
元彼のSNS
すぐに閉じる

「未練なんて……ないのに」

小さく笑う
僕は聞こえなかったふりをする

帰り道、商店街の角で、偶然その人とすれ違った
軽い会釈
それだけ

さくらも同じように返す
すれ違ったあと、歩幅がほんの少しだけ乱れた

「……あ」

何か言いかけて、やめる

いつもなら、ここで言うはずだ

“ああ、この感じ最高❤”

今日は言わない
代わりに、少しだけ黙る

「……寒いね」

とりあえずの言葉
今日は寒くないはずなのに……

その夜、隣の家のベランダ越し

「ねえ湊」

フェンス越しに声が落ちる

「振られたのってさ、やっぱり私が悪いのかな?」

今まで聞いたことのない言い方だった
僕は即答しない

「悪いとかじゃなくてさ」

少し考えてから言う

「ちゃんと好きだったってことじゃない?」

向こうが止まる

「……え?」
「好きじゃなかったら、そんなに残らないだろ」

僕は肩をすくめる

「喪失感って、残ってるってことだよ。無かったら……何も感じない」

慰めではない
ただの事実を並べる
しばらく風の音だけがある

「……なんかさ」

さくらが小さく笑う

「最高って言うの、やめとこっかな」

冗談みたいな口調
でも、語尾が少しだけゆるい

「好きにすれば」

僕はそれ以上言わない

「湊って、ほんと淡白だよね」
「そう?」
「そう」

フェンス越しに指先が少し触れそうになって、触れない

「でもさ」

さくらが続ける

「ちゃんと好きだったって言われると、なんか……ずるい」
「ずるい?」
「うん。かっこよく聞こえるじゃん」

笑う
けれど、今日はその笑いに勢いがない
部屋に戻ってから、スマホが震えた

『ねえ』

すぐ隣なのに、メッセージ?

『最近さ……』

少し間

『なんで私、こんなに落ち着かないんだろ』

既読はすぐつく
返信は、少し置いて

『慣れてないだけじゃない?』

数秒後、また震える

『なにに?』

僕は画面を見たまま、少し考える

『ちゃんと好きだったって思うことに』

送信
既読がつく
返事はこない

窓を開けると、隣も同じように少しだけ開いている
カーテンの隙間から、さくらの部屋の灯りが見える

その灯りは、しばらく消えなかった

その日“最高の喪失感”という言葉は、どこからも聞こえなかった

夜は静かで、僕たちの距離は、いつも通り隣のままだった

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