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【放っておけない藤堂さん】第5章 「歩幅が揃った時、心も並んだ」

第5章テーマは、微細行動同期(Microbehavioral Entrainment)
微細行動同期は【会話中の“極小の動き”――うなずき、瞬き、姿勢の変化、呼吸、間(ま)――が、無意識に揃っていく現象】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第5章 「歩幅が揃った時、心も並んだ」をお楽しみ下さい

前回のあらすじ

新学期が始まって、気づけば数ヶ月が経っていた
講義棟までの道、研究室への階段、購買前の狭い通路
いつの間にか、俺と藤堂詩織は、ほぼ毎日一緒に歩いている

特別な約束をした覚えはない

「じゃあ、行きましょうか」

その一言で、自然に隣に並ぶ。それだけだ

ある日、歩きながら違和感に気づいた
いや、正確には、違和感が“なさすぎる”ことに

曲がり角で、同時に減速する
段差の前で、ほぼ同じタイミングで視線が落ちる
俺が右に寄ると、彼女もほんの少し左にずれる

―あれ、今、完全に揃ってなかったか―

確認するように、わざと歩幅を少しだけ広げてみる
すると一拍遅れて、彼女の歩幅も同じくらい広がった

偶然だ
たぶん
そう思いながら、今度は歩調を落とす

落ちる
……落ちる

ぴたり、と横に並んだままだ

「……」
「……?」

視線だけ向けると、詩織は少し不思議そうな顔をしていた

「どうかしましたか」
「いえ。なんでもないです」

なんでもない、はずだった
けれど、胸の奥が少しだけざわつく

そのまま廊下を進む
次の角で、同時に曲がる
扉に手を伸ばすタイミングも、ほぼ同時

一瞬、どちらが先か分からなくなって
二人で手を引っ込めた

「……あ」
「……すみません」

同時だった

思わず笑いそうになって、こらえる
いや、ここで笑ったら、たぶん全部崩れる

詩織は小さく息を吸って、視線を落とした

「最近……」
「はい」
「あなたと歩くと、体が勝手に動く感じがするんです」

体が勝手に
それは俺の台詞でもあった

「考えなくても、止まれるし、曲がれるし……ぶつからない」

言葉を選びながら、詩織は続ける

「前は、いつもどこかに意識が引っ張られてたのに」

その声は、少しだけ高鳴っていた

廊下の壁に近づいた瞬間
彼女の肩が当たりそうになる

――あ

考えるより先に、手が動いた
いつもの距離、いつもの高さ
そっと、肩の前に手を差し出す

詩織の動きが、自然に止まる

そのまま、俺の手と彼女の肩の距離は、指一本分もない

「……」

詩織は、その手をじっと見ていた

「……今のも」

小さな声で、言う

「当たり前みたいでした」

胸の奥が、静かに鳴った

当たり前
守ることが
一緒に歩くことが

それが、いつからだったのかは分からない
ただ、気づいたら、そうなっていた

詩織は顔を上げ、まっすぐ俺を見る

「……私」

一拍、置いて

「あなたと歩いていたいんです」

その言葉は、驚くほど静かで
でも、確かに胸に届いた

廊下の先で、窓から春の光が差し込んでいる
その光の中へ、二人で足を出す

また、同じ歩幅で

「あなたと歩いていたいんです」

詩織の言葉は、告白というより確認に近かった
声も大きくないし、気負いもない
ただ、事実を口にしただけ、みたいな顔をしている

「……それは」

一瞬、言葉に詰まる
ここで何か格好いい返しができたらいいのに、頭は驚くほど静かだった

廊下の先、次の曲がり角が近づく
いつもの場所だ
詩織がよく肩をぶつけていた、あの角

無意識に、少しだけ歩く位置を変える
詩織も、同じように位置を調整する

――あ

言葉にしなくても、答えはそこにあった

曲がり角を抜ける
今回は、当然のように、何も起きない

詩織が小さく息を吐いた

「……ほら」
「え?」
「ぶつかってません」

どこか誇らしげで、少し照れくさそうだった

「ほんとですね」
「前は、ここ、三回に一回は当たってました」
「多すぎません?」
「多いです」

即答だった

二人で、ほんの少し笑う
声を出さなくても、同じ温度で

外に出ると、春の風が吹いていた
桜はもう散りかけていて、花びらが足元を転がる

詩織が、ふと立ち止まった

俺も、同時に止まる

「……こういうのも」

彼女は足元を見ながら言った

「前は、一人だと、よく転びそうになってました」
「今は?」
「今は……」

ちらりとこちらを見る

「ちゃんと立ってる気がします」

それは、きっと比喩だ
でも、物理的な意味も、たぶん含まれている

歩き出す
歩幅は、もう調整しなくても揃う

信号の前で止まり、青になるのを待つ
同じタイミングで前を見る

手を伸ばしたら、たぶん触れる距離
でも、触れない

それが、今の正解な気がした

「ねえ」

詩織が言う

「これからも……その」

言い淀む

「一緒に歩きますよ」

先に言ったのは、俺だった

詩織は一瞬きょとんとして
それから、少し困ったように笑った

「……はい」

たったそれだけの会話なのに、胸が満たされる

信号が変わる
二人で、同時に足を出す

歩道の端、建物の影、段差
全部、もう怖くない

なぜなら―

隣に、同じ歩幅の人がいるから

それが特別だと気づいたのは
きっと、かなり後になってからだ

今はただ、今日も無事に歩けた、という事実だけで十分だった

ある日の午後…二人分の足音が、同じリズムで続いていく

―そしてそのまま、恋になった―

以上で、【放っておけない藤堂さん】の物語はおしまいです
この物語に登場する恋愛心理学の正しい使い方を知りたい方
以下リンクにて確認できます

↓最後に、第5章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓


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