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【聖夜までに恋をひとつ―氷の数式が溶ける夜―】第1章 「予測どおりで、予測外」

第1章テーマは、予測誤差駆動型愛着形成(Prediction Error–Driven Attachment)
予測誤差駆動型愛着形成は【「予想を裏切られる相手ほど、気になってしまう」 という現象】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第1章 「予測どおりで、予測外」をイメージ楽曲と共にお楽しみ下さい

↓第1章のイメージ楽曲↓

序章

朝の通学路で氷室先輩に遭遇するのは、もう珍しくなくなった
というか、もはや日課だ

「おはようございます、天ヶ瀬くん」
「……おはようございます」

挨拶と同時に、先輩は手元のノートに一行書き足す
視線は俺じゃなく、数字の方を見ている

「今日のあなたの成功率は、45%です」
「はいはい。昨日より三%アップですね」

自分で言ってて怖い
いつの間にか俺は、この意味不明な報告に慣れてしまっている

(慣れるなよ俺。冷静に考えたら異常事態だろ)

心の中でツッコミを入れつつ、歩幅を合わせて校門をくぐる
先輩は俺の横を、計ったみたいに同じ速度で歩く

「今日は、特に変動要素はありません」
「それ、俺が普通ってことですよね?」
「ええ。予測どおりです」

予測どおり、か
そう言われると、なぜか少しだけ引っかかる

(俺、先輩の中で“再現性のある人間”になってない?)

生徒会室に入ると、先輩は自分の席へ向かった
今日は―話しかけない日、らしい―

最近わかってきた
視線が合わない日は「観察のみ」
声をかけられたら「実験あり」

(分類される男子高校生って、どんな気分なんだろうな)

俺は自分の席に座り、鞄を机の横に置いた
ふと、先輩の机を見る

ノートは開いたまま
ペンは動いている

(……あ)

気づけば、購買で買った紙カップを手に取っていた
温かいミルクティー

俺は無言で立ち上がり、先輩の机の端にそれを置く

「……?」

氷室先輩のペンが止まった

視線が上がり、俺を見る。
いつもの無表情。だけど、ほんの一瞬、瞬きが遅れた

「……話しかけない日、ですよね」
「ええ。今日はそう判断しました」
「ですよね」

それだけ言って、俺は自分の席に戻る
説明はしない。理由も言わない

(別に深い意味はない
 冷えてたら嫌だな、って思っただけだ)

でも、胸の奥が少しだけざわついた

“何も言わない”選択をした自分に

背中越しに、先輩の気配が揺れる

カップを見て
ノートを見て
もう一度、俺を見る

ペン先が、紙の上で止まったまま動かない

(……あれ)

先輩はすぐにノートに視線を戻した
けれど、さっきまで一定だったペンのリズムが、少しだけ乱れている

(気のせい、か)

先輩が、ぽつりと呟いた

「……天ヶ瀬くん」
「はい?」
「あなたは、計算どおりです」
「それ褒め言葉ですか?」
「……ええ。ですが」

一拍、沈黙

「一箇所だけ、ズレています」
「はは。俺、規格外でした?」

軽く笑って流す
それが正解だと思った

先輩は何も言わず、ノートを閉じた
その表紙に、見慣れない言葉が一瞬だけ見えた気がした

―原因不明誤差―

(……なんだそれ)

笑っていたはずなのに
胸の奥が、ちくりと刺さった

でもすぐに、チャイムが鳴る
日常は、何事もなかったように続いていく

俺はまだ知らない
その一行が、先輩にとって初めての“想定外”だということを

放課後
教室の人影がまばらになった頃、氷室先輩はまだ席に座っていた

ノートは開いたまま
けれど、さっきから一文字も増えていない

(……先輩、珍しいな)

いつもなら、俺が視界に入らなくなるまでペンを走らせているはずだ
なのに今日は、じっと同じページを見つめている

「……あの」

声をかけると、先輩の肩がほんのわずか揺れた
完全に不意打ちだったらしい

「天ヶ瀬くん」
「はい。えっと……ミルクティー、冷めてませんでした?」
「……温度は、問題ありません」

即答
そこは迷わないんだ

先輩はノートを閉じ、机の上にそっと置いた
その動作がやけに丁寧で、逆に落ち着かない

「今日の行動について、確認があります」
「もう始まってます?」
「ええ。ですが」

先輩は一度、言葉を切った
視線が、珍しく泳ぐ

「理由を、聞いていません」
「聞かれなかったので」
「……合理的ではありません」
「先輩の基準だと、そうなんでしょうね」

軽く言ったつもりだった
でも、先輩の眉がわずかに寄る

「あなたは、毎回説明します」
「そうでしたっけ」
「はい。沈黙は、例外です」

例外
その単語が、教室に小さく落ちた

先輩は再びノートを開く
さっき見えた文字を、俺は今度ははっきり読んだ

―原因不明誤差―

「それ、俺ですか?」
「……現時点では、そうなります」
「光栄と言うべきか、謝るべきか迷いますね」

冗談のつもりだった
けれど、先輩は笑わない

「数値は正しいんです」
「はい」
「行動も、合理的です」
「そう言われると照れます」
「ですが……」

ペン先が止まる
紙の上で、動かない

「心拍の上昇理由が、説明できません」
「……はい?」

俺の?
それとも先輩の?

問い返す前に、先輩は顔を上げた

「あなたが話しかけなかったこと
 理由を説明しなかったこと
 それ自体は、予測可能でした」

「じゃあ、何がズレたんです?」

一瞬、沈黙

「……私の方です」


今、さらっとすごいこと言いました?

先輩は小さく息を吸う
そして、静かに続けた

「正しいはずなのに、不安定になる
 この状態は、好ましくありません」

「いや、先輩。好ましくないの基準そこなんですか」
「ええ」

真顔だ
一点の迷いもない

「だから、確認します」

先輩は立ち上がり、俺の前に来た
距離、近い

「次は、予測どおりにしてください」
「予測どおり、って……?」
「いつも通り、話しかけてください
 理由も説明してください」
「……それで落ち着くなら」

俺は肩をすくめた

「じゃあ、今度はちゃんと理由言いますよ
 ミルクティー置いたのは―」

そこまで言って、言葉が止まる

(あれ)

理由、今さら説明すると
なんか……妙に恥ずかしい

先輩はじっと待っている
青い瞳が、逃がしてくれない

「……冷えてたら嫌だと思っただけです」

沈黙
先輩のペンが、ノートに落ちた

「……」
「……先輩?」

しばらくして、先輩はゆっくりノートを閉じた

「……なるほど」
「納得しました?」
「いいえ」

即答だった

「予測どおりの行動でした
 ですが、予測どおりの説明ではありません」
「そんな微調整でアウト判定なんですか」
「ええ」

先輩はノートの表紙に、何かを書き足す
文字は小さくて見えない

「本日の結論です」
「はい」
「あなたは、正しいのに不安定です」
「それ……悪口ですよね?」
「事実です」

否定できないのが悔しい

先輩はノートを抱え、出口へ向かう
すれ違いざま、ぽつりと零した

「……意味が、わかりません」

その声は、ほんの少しだけ弱かった
俺はその背中を見送りながら思う

(……俺もです)

意味不明すぎて、ただただ困惑だけが残る
それが、今日の結論だった

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