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【聖夜までに恋をひとつ―氷の数式が溶ける夜―】第2章 「未分類、未定義、未処理」

第2章テーマは、感情ラベリング崩壊理論(Affect Labeling Interference)
感情ラベリング崩壊理論は【「気持ちを言葉にできないと、感情は暴れ続ける」 という状態】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第2章 「未分類、未定義、未処理」をイメージ楽曲と共にお楽しみ下さい

↓第2章のイメージ楽曲↓

前回のあらすじ

最近、氷室先輩のノートに書かれている文字の密度が増えている
物理的な話だ。余白が、減っている

「……最近、書き込み多くないですか?」

昼休み
俺の何気ない一言に、先輩は即座に顔を上げた

「ええ。整理のためです」
「整理?」
「感情の分類です」

さらっと言うな
分類できる前提で話すな

先輩はノートを俺に見せる
ページの上部に、きっちり三つの見出し

―興味―
―好意―
―研究対象―

(うわ、分類フォルダ作られてる……)

「現在、あなたに関する反応は、この三つに分けられます」
「いやその、全部イヤなんですけど」
「どれが一番近いか、確認しています」
「確認って……俺、何か申請しました?」

先輩は首を傾げた

「必要ありません。あなたは観測対象なので」

(さらっと人権どこか行ったな)

「で、俺はどれなんです?」
「まだ未確定です」

未確定?
その割に、ノートはやけに埋まっている

先輩はペンを持ち、淡々と説明を続けた

「興味は、情報価値が高い状態。
 好意は、感情的優先度が上昇した状態
 研究対象は、再現性の検証が必要な状態です」

「全部怖いんですけど」
「安心してください。まだ決まっていません」

安心できる要素どこ?
先輩は俺を見て、少しだけ考え込むように目を伏せた

「天ヶ瀬くん」
「はい」
「あなたは、私にとって―」

来た
嫌な予感しかしない核心質問

「どのカテゴリだと思いますか?」

(本人に聞く方式なんだ……)

俺は少し考えた
真面目に考えた結果、答えが出ない

「……わかりません」
「曖昧ですね」
「先輩も未確定なんですよね?」
「はい」
「じゃあ、俺が決める必要あります?」

論破のつもりはなかった
ただ、正直に言っただけだ

先輩は一瞬、言葉に詰まった
その沈黙が、やけに長い

「あなたは、困りませんか」
「何がです?」
「定義されないことが」

困るか?と聞かれて、胸の奥を探る
正直―少しだけ、楽だった

「……まあ。楽ではあります」
「楽?」
「名前付けられると、その通りに振る舞わなきゃいけない気がするので」

俺の答えに、先輩のペン先が止まった

「それは……非効率です」
「そうですか?」
「はい。分類は、制御のために必要です」
「制御、ですか」

その言葉が、なぜか引っかかった

「先輩、制御したいんですか?」
「当然です」

即答
迷いゼロ

「制御できない状態は、不安定です」
「……今、そうです?」

聞いた瞬間、先輩の眉が、ほんの少しだけ動いた

「……記録します」

そう言って、ノートに何かを書き足す
ペンの動きが、いつもより強い

(筆圧、上がってない?)

俺は冗談めかして言った

「無理に決めなくていいと思いますよ
 そのうち、勝手にわかるかもしれないし」

先輩は顔を上げ、じっと俺を見る

「……それは、最も不安定な状態です」
「でも、俺は嫌いじゃないです」

一拍
空気が、静かに軋んだ

先輩は何も言わず、ノートを閉じる
その表紙に、新しい文字が増えているのが見えた

―未分類感情―

(……また増えた)

俺は軽く笑ってごまかした

「まあ、そのうち何かに入りますよ
 入らなかったら、その時考えましょう」

先輩は小さく息を吐いた

「……あなたは、処理が遅い」
「感情に関しては、特に」

そう返すと、先輩は珍しく視線を逸らした

ペンを持つ指が、少しだけ震えている

(……あれ)

その違和感に、俺の胸が、静かにざわついた

放課後の生徒会室は、静かすぎて逆に落ち着かない
氷室先輩は机に向かい、ノートを開いたまま固まっていた

ペンは持っている
でも、動かない

(……止まってる)

いつもなら、俺が視界に入るだけで記録が始まる
なのに今日は、紙の上が真っ白なままだ

「……先輩?」

呼びかけると、先輩の肩がわずかに跳ねた

「……少し、待ってください」
「今、話しかけちゃダメなやつです?」
「ええ」

即答だった
そして、少しだけ苛立った声

(珍しいな……)

先輩は深く息を吸い、ペンを走らせる
カリ、という音が、やけに大きい

―未分類―
―定義不能―
―処理保留―

見出しが、増えている
というか、増えすぎている

「増えてません?」
「増えています」

否定しないんだ

「減らす予定は?」
「未定です」
「未定義の次は未定ですか」
「正確です」

正確なのに、表情が硬い

先輩はペンを強く握り直した
紙が、ほんの少しだけ波打つ

「天ヶ瀬くん」
「はい」
「あなたは……」

言いかけて、止まる

「……いえ。違います」

自分で否定するな
こっちが混乱する

「今の、何です?」
「分類に失敗しました」
「失敗、認めるんですね」
「事実なので」

そう言い切る割に、視線が合わない

先輩はノートの余白に、小さく書き足す
字が、いつもより乱れている

(筆圧、完全に上がってるな)

「先輩」
「はい」
「無理に決めなくてもいいと思いますよ」

俺は、なるべく軽く言った

「未分類のままでも、困らない人もいますし」

その瞬間、先輩のペンが止まった

「……困ります」

低い声だった
静かだけど、はっきりしている

「理由は?」

聞いた瞬間、先輩が詰まった

「……説明できません」

その言葉が、妙に胸に刺さる
先輩はノートを閉じ、額に指を当てた

「制御できない状態は……」

言いかけて、口を閉じる

「……今日は、やめます」
「え?」
「観察も、分類も、一旦中断します」

珍しく、逃げ腰だ

「先輩が、やめるって言うの初めてじゃないですか」
「例外です」
「俺が原因?」

沈黙

それが、答えだった

先輩は立ち上がり、ノートを胸に抱える
その動きが、どこか防御的で

「少し……距離を取ります」
「え、俺なんかしました?」

「……していません
 だから、です」

意味、わからない
先輩は扉に手をかけ、振り返らずに言った

「名前のない感情は、扱いづらい」

その声は、少しだけ疲れていた

(……俺もだ)

声をかけようとした
呼び止めて、冗談で流そうとした

でも、タイミングを完全に失った

先輩の背中が、扉の向こうに消える

―声をかけるタイミングを完全に失い、そのまま俺は静かに後退した―

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