【記録される私と、変わっていく私】第4章 「待ってしまう自分に気づく」
第4章テーマは、自己知覚理論(Self-Perception Theory)
自己知覚理論は【「人は自分の行動を見て、自分の気持ちや性格を推測する」という理論】です
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第4章 「待ってしまう自分に気づく」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
朝のトレセンは、まだ冷たい空気と馬の息づかいで満ちている
私は調教補助として、馬場の端でタイム計測や給水の準備をする日々を送っていた
蹄の音、砂の跳ねる音、そして時々混ざる馬の鼻息。そんなリズムの中で、一日があっという間に過ぎていく
そんな私の前に、ある日、廻が現れた
「研究協力で、ちょっと調教のデータ取りに来た」
軽い挨拶とともに、首からストップウォッチを提げ、メモ帳を片手にしている
別に馬術部員でも関係者でもないのに、妙に馴染んで見えるのが腹立たしい
それからというもの、彼は週に数回トレセンに顔を出すようになった
調教の合間に、馬房の隅で静かにメモを取り、作業が終わると当然のように私の隣に立つ
「帰る?」
「まあ、帰るけど」
そんなやり取りが習慣になった
ある夕方、厩舎の外で夕日を見ながら歩き出したとき、廻がふと言った
「最近、僕と歩く日が増えたね」
「……偶然でしょ」
「つまり——いや、統計的な話だよ」
ストップウォッチをくるくる回しながら、わざとらしく視線を逸らす
統計的って何
けれどその言葉が、帰り道の足取りに妙な重さを与えた
次の週も、その次の週も、作業を終えると彼はやってきた
「今日は風向きが良かったね」なんて、馬のことなのか私たちのことなのか
分からないことを言いながら
並んで歩く時間は、決まって日が沈みかけのころ
足音と、時々鳴く鳥の声だけが耳に残る
私は別に、彼を待っているわけじゃない
ただ、作業が終わって片付けをして、着替えて……それで出口の方をなんとなく見たら、ちょうど彼がいるだけ
……多分
それでも、彼の歩幅がぴたりと私に合う瞬間があると、胸の奥が少しだけ落ち着くのは否定できなかった

その「落ち着き」を意識しないようにすればするほど、足は出口に向かう時間をきっちり覚えてしまった
作業が終わって道具を片付け、上着を羽織る
その一連の動作の中に、廻がどこかで現れる想定がいつの間にか組み込まれている
その日も、厩舎を出ると彼はいた
「今日、君が出てきたのは17時28分。平均より1分早い」
まるで馬のラップタイムみたいに言う
「……そんな記録、誰が得するの」
「僕」
即答。悪びれもしない
ある日、片付けが長引いてしまい、外に出たのはかなり遅い時間だった
門の近くに、ストップウォッチを持ったまま立つ廻
「最長記録更新」
「……わざわざ待ってたの?」
「観測続けないとデータが欠けるから」
まるで研究対象のつもりらしい
私は試しに、わざと早く出てみた
すると彼は「マイナス3分。新記録」と、少し得意げに笑った
次の日は逆に寄り道して遅く出てみたら、「プラス5分。昨日の反動?」と首をかしげる
その反応を楽しみにしている自分に気づいて、思わず苦笑した
「そんなに私のタイム測って楽しいの?」
「楽しいよ。君と歩き始める時間が分かるから」
真顔で言うから、冗談に聞こえない
それからも、帰り道はいつも同じだった
夕焼けを横目に歩くときも、雨に急かされて小走りになるときも、必ず彼は数字を口にする
「今日は平均通り」
「今日は+2分」
ただの計測結果なのに、不思議とその一言があると、道の景色まで違って見える
ある日、廻が来なかった
理由は聞いていない。ただ、作業を終えた後の出口がやけに静かで、足音もひとりきりだった
それが思った以上に落ち着かなくて、つい空を見上げる
夕暮れの色が、やけに味気なかった
次の日、いつも通り彼はいた
「昨日、平均が崩れた」
「……知らない」
そう返しながら、胸の奥がほんの少し軽くなる
歩き出してすぐ、彼が言った
「今日も平均通り」
私は小さく笑ってうなずいた
やっぱりこの人は変だ。でも、その変さごと——もう、私の中の習慣になってしまっている
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↓最後に、音葉(大学生)のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓
