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【リューカデンドロン】第1章 「沈黙の始まり」

第1章テーマは、情動存在効果(Affective Presence)
情動存在効果は【一緒にいると、相手にどんな気分を残す人か】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第1章 「沈黙の始まり」をイメージ楽曲と共にお楽しみ下さい


↓第1章のイメージ楽曲↓

序章


放課後
いつもの場所
大学の裏手にある、小さな中庭のベンチ

人通りは少ないが、完全に無人でもない
告白の練習をするには、ちょうどいいくらいにどうでもいい場所だ

そして今日も……

「今日も……告白の練習をしてもいいですか?」

橘みのりは、いつもの調子でそう言った

相変わらず声が小さい
だが毎日聞いていると、この声量が彼女の通常なのだと分かってくる

「ええ、構いませんよ。私で良ければ」

私は余裕を装って答える

正直に言えば、律儀だと思う
一度頼まれたからといって、ここまで毎日続ける必要があるのだろうか?

それでも断らないのは、紳士だからだ
困っている女性を助けるのは、私の主義である

……まあ、少し面白いからという理由もなくはないが……

みのりさんは私の前に立つ
少し距離を取り、目線を合わせようとして……やめる

そして、深呼吸をした

「す……好きです」

小さい声だが、はっきり聞こえた

「わ、私と……」

そこまで言って、止まる

まただ

私は何も言わず待つ

最初の頃は、ここで助け舟を出していた
「続けてどうぞ」とか、「落ち着いて」とか

だが、それを言うと彼女は余計に固まる

だから最近は……ただ待つ

みのりさんはしばらく口を開きかけては閉じ
結局、目を伏せた

長い沈黙

遠くで誰かが笑っている
風で木の葉が揺れる音がする
そして、彼女は小さく言った

「……今日はここまでで」

私は思わず苦笑した

「毎日それなら、あまり進歩していないのでは?」

少しだけ意地悪を言ってみる
するとみのりさんは顔を上げて、真面目な表情で言った

「前よりは言えてます」

本気だった
冗談ではなく、本当に進歩していると思っている顔だ

私は少し拍子抜けする

「……そうですか」
「はい」

それ以上は言わない
この人は、変なところで妙に真剣だ
練習が終わると、いつも少しだけ一緒に歩く

これも自然にそうなった

別に約束したわけではない
なんとなく同じ方向だから歩いているだけだ

みのりさんはあまり喋らない

最初の頃は、私が話題を振っていた
天気の話とか、講義の話とかのどうでもいい話

だが……続かない

彼女はちゃんと返事をするが、必要以上には喋らない

無理に広げようともしない

普通なら、かなり気まずいはずだ

なのに……妙に落ち着く

沈黙なのに、変に疲れない
会話がないと、普通は気を使う

何か話さないといけないと思うし
間が空くと失敗した気分になる

だが隣を歩いているこの人は、そういう空気にならない

ただ歩いているだけ
それだけなのに、不思議と楽だ
私は少しだけ違和感を覚える

「普通ならもっと困るはずなんですがね」

思わず口に出た

みのりさんがこちらを見る

「困ってますか?」
「いえ。むしろ逆です」
「逆……?」
「静かなのに、妙に楽だなと思いまして」

言ってから、少し恥ずかしくなった

何を言っているのだ……私は

みのりさんはしばらく考えてから、小さく頷いた

「……よかったです」

それだけ言って、また黙る
相変わらずよく分からない人だ
門の前まで来て、立ち止まる

ここで別れるのが、いつもの流れだ

みのりさんは少しだけ迷ってから言った

「高瀬さんは……怒らないんですね」
「怒る?」
「……黙ってても」

なるほど、そういう意味か
私は軽く肩をすくめる

「別に、黙っているだけで怒るほど狭量ではありませんよ」

余裕ぶって言う
こういう時は、落ち着いている男に見せるのが大事だ
みのりさんは少しだけ安心したように息をついた

そして、ほんのわずかに、表情が緩む

それを見て、私は思った

ああ、この人が私を練習相手に選んだ理由は、案外こういうところなのかもしれない

黙っていても怒らない
急かさない
勝手に話を進めない

確かに、告白の練習相手としては悪くない

……まあ、変わった女には違いないが

ただ一つだけ、妙なことがある
毎日付き合わされているのに、不思議と嫌ではない

むしろ……少しだけ、落ち着く

だが……それを恋だと思うほど、私は単純ではないつもりだ

数日後
私は、妙なことに気付いた

放課後になると、自然と中庭の方へ足が向いている
別に約束しているわけではない
呼び出されてもいない

だが何となく、あのベンチの近くを通る
そして心のどこかで思っている

――今日は来るだろう

自分から待っているわけではない
ただ、頼まれたことには付き合う主義だ
律儀なだけである

……そういうことにしておこう

ベンチに座って少しすると、背後から小さな声がした

「今日も……告白の練習をしてもいいですか?」

振り返る
橘みのりだ

本当に毎日来る人だなと思う

「ええ、どうぞ。私は逃げませんよ」

余裕ぶって答える
だがこの日は、少し機嫌が良くなかった

講義で面倒なグループ作業を押し付けられ
帰り際には後輩に絡まれ
さらに購買のパンが売り切れていた

大したことではないが、重なると地味に腹が立つ
みのりさんは気付いていないのか、いつも通り前に立った

「す……好きです」

小さい声

「わ、私と……」

また……止まった

私は少しだけぶっきらぼうに言った

「そこまで言えるなら、もう少し行けるのでは?」

みのりさんはしばらく黙っていたが、やがて小さく首を振った

「……今日はここまでで」

相変わらずである
私は内心、少し苛立っていた
今日はさすがに、この沈黙が鬱陶しい

何か言えばいいのに……
せめて雑談でもすればいいのに……

だが、みのりさんは隣に座ると、それきり何も言わない

風が吹く
誰かの話し声が遠くで聞こえる

沈黙

私は腕を組んだまま、しばらく空を見ていた

……不思議なことに

さっきまであった苛立ちが、少しずつ薄れていく

彼女は本当に何もしていない
ただ、隣に座っているだけだ
それなのに、気分だけが落ち着いていく

私は少しだけ眉をひそめた

「……妙ですね」

思わず呟いた
するとみのりさんが、こちらを見ずに言った

「今日は、ちょっとだけ怖い顔してました」

私は少し驚いた

「そうでしたか?」
「はい」

「でも……今は大丈夫そうです」

私は返事に困った

この人は、ほとんど喋らない
なのに、妙なところを見ている
しかも余計なことは言わない

普通なら……

「何かあったんですか?」
とか
「大丈夫ですか?」

とかの、そういう面倒な質問が来るところだ

だが彼女は違う

怖い顔をしていたと言って
今は大丈夫そうだと言って
それで終わる

踏み込まないし、助けようともしない

なのに……変に楽だ
私はため息をついた

「橘さん」
「はい」
「貴方は……変な人ですね」

みのりは少し考えてから言った

「よく言われます」

真顔で言う
冗談ではないらしい
思わず笑いそうになるのをこらえた

しばらくして、みのりさんが立ち上がった

「では……今日はここまでで」

いつもの台詞だ
私も立ち上がり、門の方へ歩く
これもいつもの流れだ

だが……今日は、途中でみのりさんが立ち止まった

振り返る
そして、少しだけ迷った顔で小さく言った

「……明日も、お願いしていいですか?」

私は少しだけおかしくなった

今まで毎日来ていたくせに……
今日、改めて確認するのか?
しかも妙に真面目だ

だから私は、少し格好をつけた

「ええ。私は頼られるのは嫌いではありません」

みのりは小さく頷いた

「ありがとうございます」

それだけ言って、去っていく
私はその背中を見送りながら思った

変な女だ

喋ると妙だし、行動も妙だ
恋愛に関してはかなり面倒な部類だと思う

告白の練習と言いながら、毎日途中で止まる
しかも相手は私ではなく、別の誰からしい

意味が分からない

だが……一つだけ確かなことがある

隣にいると、妙に落ち着く

会話がなくても気まずくない
何もしなくても疲れない

告白の練習は、ほとんど進んでいないはずなのに……
会うこと自体は、もう当たり前になっている

少なくとも
彼女はもう、ただ助けた相手ではない

……とはいえ

好かれているとは思わないし、私が特別な相手というわけでもないだろう

単に……随分と変わった練習相手を引き受けてしまっただけだ

私はそう結論づけて、いつもの帰り道を歩き出した

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