【黒き孤独の中で見つけた白墨】第1章 「孤独が減っている」
第1章テーマは、社会的代替充足による感情錯誤(Social Surrogate Fulfillment Bias)
社会的代替充足による感情錯誤は【代替物による一時的充足を、本物の関係充足と誤認するバイアス】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第1章 「孤独が減っている」をイメージ楽曲と共にお楽しみ下さい
↓第1章のイメージ楽曲↓
序章
交流会の片付けが終わり、玄関の灯りだけがやけに白く見えた
名札の回収
忘れ物の確認
手配したタクシー会社への礼
催者の仕事は、拍手が消えた後に残る
帰り際、私は真白さんと連絡先を交換した
名刺ではなく、スマホの画面を並べて……短く……淡々と
「今日は話せてよかったです」
彼女はそれだけ言った
引き止めない
次の約束も作らない
私の方が、拍子抜けしていた
こういう場で人は、もう少し“今度”にしがみつくものだと思っていたからだ
それから数日、連絡は来なかった
来ないことに、私は特に何も感じない……はずだった
ある日一通だけ……通知が鳴った
それは、平日の夜だった
『この前の会……主催お疲れさまでした』
それだけ
敬語のまま、距離だけが正しい
私は指先で短く返した
『いえ。来ていただき助かりました』
送信
画面が静かになり、部屋の静けさが戻る
……戻るはずだった
翌週の同じ曜日
同じくらいの時間帯に
また一通だけ届いた
『今週も忙しいですか?』
私は、会議の資料を開いたまま、すぐ返した
『はい。問題ありません』
送信して、ふと気づく
私は今……「問題ありません」と答えた
上司にも部下にも言う言葉だ
相手が友達かどうかとは関係なく……私はもうその返し方を体が覚えている
次の週も
その次の週も
真白さんからのメッセージは一通だけ届いた
内容はほとんど同じだった
『お疲れさまです』
『今日は寒いですね』
『無理しないでください』
それに対して私は短く返す
『ありがとうございます』
『そうですね』
『承知しました』
会話というより……点呼に近い
互いに存在を確認し、終わる……にもかかわらず、その週の終わりに私は妙な感覚を覚えるようになった
孤独は“ある/ない”ではなく……空気みたいに部屋に溜まる感じがする
何もしないと孤独が濃くなり、息がしづらい
そして……喉が渇く
でも……他人にそんな事は言えない
言うと、もっと恥ずかしいからだ
それが、週に一度だけ……薄まる
仕事量は変わっていない
会食も増えていない
休日に誰かと遊ぶ予定もない
相変わらず、私は友達がいない。なのに、スマホが一度鳴るだけで、空気が少し軽くなる
私は首を傾げた
「……なぜだ?」
答えは出ない
だが、体感だけが……先にある
ある夜、私は執務室で、次の月の挨拶回りの段取りを組んでいた
各社の予定
会場の手配
同行者の配置
文字と数字の海の中で、通知が鳴った
『今週もお疲れさまでした』
私は一度だけ、椅子に深く沈んだ
肩の力が、勝手に抜けた
―お疲れさまでした―
この言葉を、私は何度も受け取ってきたはずだ
部下から
取引先から
家の者から
けれど……真白さんのそれは、どこにも……見返りがない
見返りがないのは、むしろ不自然なのに、私はその不自然さを疑うより先に、息がしやすいと感じてしまった
おかしい
週に一度、たった一通
会ってもんなく声も聞いていない
なのに、私はその一通を受け取ると……
部屋の角に溜まっていた黒いものが、少しだけ散る気がした
私は、さらにおかしいことを始めた
真白さんからのメッセージが来る前に、スマホを充電しておく
通知音が聞こえやすいように、音量を一段だけ上げておく
会議が長引きそうな日は、終わり際に一度だけ画面を確認する
まるで、点呼に遅れると叱られる学生みたいに
自分でやっておいて、笑ってしまった
誰に見せるでもないのに、私は真剣に“受信の準備”をしている
翌週、通知が鳴らなかった
その日は、なぜか部屋の空気が濃かった
いつもより空気が重い
私は資料をめくる指が止まり、何度も机の上のスマホを見た
……来ない
ただそれだけで、私は落ち着かなくなっていた
理由が分からないのが……落ち着かない
翌日の夜、ようやく一通が来た
『遅くなってすみません……昨日は用事があり送れませんでした』
私は反射で返した
『問題ありません』
送信した直後、私は自分に腹が立った
問題は……あったのだ
私は昨日一日、問題を抱えていた
相手の不在で、自分の孤独の濃度が上がる
そんなことが、あっていいはずがない
それなのに……私はふと気づいた
「最近……誰かに“会いたい”と思わなくなっている?」
会いたいという欲求が消えたのではない
薄まったのだ。代わりに、週に一度のやりとりが、私の中の何かを満たしている
それが安心なのか、異常なのか
私には、まだ分からないでいた

私は、懲りもせず別の交流会を開いた
前回より規模を少し大きくし、会場も格を上げた
料理の質も
音響も
演出も
申し分ない。資料も完璧に整えた
参加者も揃っている。名刺交換の列もできている
なのに……力が入らない
以前の私は、この場で“友達を作る”と息巻いていたはずだ
今回は違う
会の成功は求めるが、自分がそこに溶け込む努力を、どこかで省略している
「さすが鷹宮家ですね」
「次はどの企業と組まれるんですか?」
笑顔で応じる
正確に
丁寧に
隙なく
けれど……その会話のどれにも、私自身は含まれていない
時計を見る
あと一時間か……もう十分だろう
とどこかで思っている自分がいる
……まあ、いいか
その言葉が、胸の奥で小さく鳴った
会が終わり、後片付けの確認を終えて帰宅する
執務室の灯りを点け、上着を椅子にかけたところで、通知が鳴った
『今日は忙しそうですね。無理はしないで下さい』
いつも通りの一通
私は、今日の出来事を思い出す
誰とも、まともに交流できなかった
確かに、名刺は増えた
連絡先も増えた
だが、誰かの名前を思い出して、顔が浮かぶような相手はいない
それなのに……胸が、落ち着いている
『ありがとうございます。無事終わりました』
送信して、私は椅子に座ったまま、天井を見上げた
彼女は、何もしていない
慰めてもくれない
励ましてもくれない
ただ……毎週、いるだけだ
それだけで、私は今日の空虚を、少しだけ忘れている
おかしいだろう、と自分で思う
会場を貸し切り
何十人も集めても埋まらなかった空洞が、一通の短い文章で、なぜか静まる
私はスマホを持ち直し、珍しく自分から送った
『どうして、毎週連絡をくれるんですか?』
数分後、返信が来る
『友達ですから』
間があった
『それに……突然いなくなるのは、不誠実だと思うので』
私は、思わず笑ってしまった
重い
友達にそこまでの覚悟を持ち込む人間を……私は知らない
週に一度のメッセージに“いなくならない責任”を背負わせる
普通なら、面倒だ。逃げたくなる
なのに、私は何も言えなくなる
『……そうですか』
それしか打てなかった
彼女は、縛ってこない
別に会う約束もしていない
長文のやり取りがある訳でもない
だが……「いなくならない」という一点だけは、きちんと守ろうとしている
重さとは、量ではなく、覚悟のことかもしれない
私はふと、今日の交流会を思い返す
あの場で私がいなくなっても、誰も困らないだろう
鷹宮家の名があれば、それで成立する
だが、もし……
もし彼女が、来週から何も送ってこなかったら
理由もなく、静かに消えたら
私は、またあの濃い空気の部屋に戻るのか?
胸の奥が、ひやりとする
私は、慌てて首を振った
まだ何も失っていない
何も始まっていない
ただ、週に一度のやり取りがあるだけだ
それなのに、その一点が消える想像だけで、孤独の濃度が急に上がる
私は、机の上のスマホを裏返した
「……大げさだな」
自分に言い聞かせる
彼女は友達だ
たった一人の、淡々とした友達
けれどその夜、私は初めて思った
来週も、きっと来るだろう、と
来ることを、疑っていない自分がいる
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