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【私だけに向けられる意地悪】第1章 「転んだら笑われるのに守られる」

第1章テーマは、シャーデンフロイデ効果(Schadenfreude Effect)
シャーデンフロイデ効果は【他人の不幸や失敗を見て、少し優越感や喜びを感じる心理現象】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第1章 「転んだら笑われるのに守られる」をお楽しみ下さい

序章

あれは、小学校の運動会。赤と白の帽子が風に揺れて、グラウンドいっぱいに歓声が響いていた
私は徒競走のスタートラインに立ちながら、心臓が耳の奥で大きく鳴るのを感じていた
隣にはクラスの人気者のパパがいた。日焼けした肌と、いたずらっぽい笑顔で、すでに余裕の顔をしている

笛の音とともに、私は走り出した。足がもつれて、転んだ。前のめりに砂をかぶり、膝に痛みが走る。思わず涙がにじみそうになったとき、背後から大きな笑い声がした

「ははっ、ダッセー! 何やってんだよ、葉乃!」

振り返らなくてもわかる。パパの声だった。胸に刺さるように響いて、悔しくて、恥ずかしくて、目の奥が熱くなる。なんでこんなときに笑うの。私だって一生懸命走ろうとしたのに

けれど、次の瞬間。別の男子が口にした

「ほんとだ、ダサっ!」

その瞬間、パパの声の調子が一変した

「おい、調子に乗んな!」

砂ぼこりの中で振り返ると、パパが眉をつり上げて睨みつけている。顔は真っ赤で、拳をぎゅっと握りしめていた。あまりの迫力に、笑った男子はすぐ口をつぐみ、気まずそうにそっぽを向いた

パパは私をちらりと見て、ふっと鼻を鳴らした

「俺が笑うのはいいけど、他のやつが笑うのは許さねぇから」

理不尽だ。どう考えても変だ。でも、その言葉に妙な重みがあった。砂で汚れた膝の痛みよりも、胸の奥にじんわりと広がる感覚の方が強かった

私は俯いて、砂を払うふりをしながら思った

――やっぱり、あの子は意地悪だ。でも、誰よりも私を見ているのも、あの子なんだ

放送席から次の競技のアナウンスが流れる。パパは「立てるか?」とぶっきらぼうに言い、私がうなずくと、わざとらしく「よし、根性あるじゃん」と笑った

どうせまた意地悪を言うのだろうと身構えたけれど、その笑顔の裏に、ほんの少しだけ温かさが混じっているように見えた

周りの子どもたちが結果に一喜一憂する中、私だけは妙に静かだった。転んで、笑われて、それなのに守られる。そんな矛盾みたいな時間が、胸の奥に不思議な印象を残した

後になって思えば、あれはただの小さな運動会の一幕に過ぎない。でも、幼い私には十分だった。砂の上で膝を擦りむいた痛みよりも、あの子の声がずっと鮮明に残っている

「俺が笑うのはいいけど、他のやつは許さねぇ」

理不尽で、馬鹿げていて、でも真剣で…
あのときのパパの顔は、きっと一生忘れない

膝の痛みが引かないまま、競技は次へと進んでいった。私は砂まみれのまま応援席に戻る。膝に絆創膏を貼ってもらったけれど、心の中のモヤモヤは消えなかった。みんなに笑われたような気がして、うつむいてばかりいた

そんなとき、後ろから声が飛んできた

「おーい、葉乃!お前、ちゃんと走れよな!」

またパパだった。わざと大きな声で、わざとみんなに聞こえるように
私は思わず顔を赤くする。周りの子がクスクス笑う。恥ずかしくて穴に入りたい。でも、よく見れば煌の顔も少し赤い

「……うるさい」小声で返すと、パパは得意げに笑った

「お前がドジでも、俺がいるから大丈夫だろ」

どういう理屈なのか全然わからない。私が転ぶのと彼がいるのは関係ない
でも、言い切るその顔は本気で、ふざけてるようでふざけてない。だから余計に腹が立つのに、胸の奥ではちょっと安心している自分がいる

午後のリレー競技。私は補欠だったけれど、パパがアンカーに立った。真っ黒に日焼けした背中が、スタートの合図とともにまっすぐ伸びていく。土煙を蹴り上げ、力強い足で駆け抜けていくその姿に、誰もが声をあげて応援していた

そしてゴールした瞬間、パパは両手をあげて振り返り、私の方に向かって叫んだ

「なー葉乃!今度は転ぶなよ!」

応援席がどっと笑いに包まれる。まるで勝利の喜びより、私をからかうことの方が大事みたいに。私は顔を真っ赤にして座り込んだ
悔しい。けれど、なんだかおかしくて、気づいたら自分も笑っていた

放課後。片付けを終えた校庭は夕日で赤く染まっていた
私は鞄を肩にかけて、家へ帰ろうとしていた。そのとき、後ろからパパが追いかけてきた 

「おい、まだ膝痛いか?」
「……ちょっと」
「ほら、貸せ」

そう言って、勝手にしゃがみ込むと、私の膝を両手で軽く叩いた

「よし、もう大丈夫だ」
「何それ」
「俺のおまじない。効くんだぞ」

真剣な顔で言うから、思わず吹き出しそうになった
なんて馬鹿げたことを。でも、妙に安心する自分がいた

帰り道、パパはわざと私の歩幅に合わせて歩く。砂ぼこりで汚れた靴を気にすることもなく、何でもない顔をして

「なあ葉乃、次の運動会はちゃんと走れよ」
「……だから、うるさいってば」
「でも、お前が転んでも、俺が笑ってやるから」

そう言ってニカッと笑う。理不尽で、勝手で、意味不明。でも、あのときと同じだ

――きっと私のことを一番見ているのは、この子なんだ

夕暮れの風が頬を撫でる。転んで笑われて、守られて。おかしな一日だったけれど、そのおかしさがなぜか胸に残った

そして私は知ったのだ
パパの意地悪は、私にだけ向けられるものだって

次章へ

↓最後に、小学生時代の葉乃のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓


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