第3章『球技』第4節:静かなる圧の70ヤード ー ミカヅキ ー【ケンタウルスストーリーイベント】
前回のあらすじ
ノクターンと別れ、私は深く息を吐いた
「始めは球技?と思いましたが……意外と楽しいですね」
「……意外と?」
迷子さんが意味深に笑う
「じゃあ、次は激しめのアメフトなんてどう?」
「アメフト……ですか……危険過ぎませんか?」
これまでの競技で、ケンタウルスの身体能力がどれだけ危険を生むかを十分に学んだ
正面衝突など想像するだけで背筋が冷える
「大丈夫ですよ」
背後から、穏やかな声
振り返る
艶やかな黒鹿毛の超大型馬体。淡い紫の花柄が風に揺れ、静かな微笑みを湛えている。立っているだけで圧があるのに、不思議と威圧感はない。むしろ包み込むような気配
「アメフトといってもほとんどタッチフットに近いですから」
柔らかい声でそう言う
「貴方は?」
「申し訳ございません。ミカヅキと申します」
私は軽く頭を下げた
案内されたフィールドは、これまでと同じく拡張仕様だった
「通常の100ヤードは危険ですので、70ヤードに縮小しております。但し、横幅は40ヤード。エンドゾーンは各7ヤードです」
確かに、横へ広い
直線で押し切るというより、展開の競技だ
「基本コンセプトは、正面衝突ゼロ。押し合いゼロ。角度と加速の戦術ゲームです」
「ぶつからない、アメフト……」
少し不思議な響きだ
「チームは六頭制。QB一頭、WR二頭、RB一頭、ユーティリティ一頭、セーフティ一頭。交代は流動的です」
「ラインは?」
「存在します。ただし接触は禁止。ブロックも不可です」
私は思わず笑いそうになる
「それ、静かですね」
「そうですね……けれど、速いですよ」
彼女は続ける
「スナップ後、ディフェンスは五秒後にラッシュ可能になります。即座の突撃は禁止です」
「タックルは二点タッチ制。上半身と馬体に同時接触、あるいは二頭以上で同時タッチ。単独では止まりません」
「連携必須、ですね」
「ええ。単騎での暴走は評価されません」
危険行為は禁止
正面突進、馬体での押し出し、肩からの衝突、引き倒し
違反は即十ヤード罰退
「ダウンは三回で十ヤード更新。テンポ重視です」
「連続ランは禁止ですか?」
「二回までなら大丈夫です。但し、フル加速状態での接触は当然禁止です」
つまり、全力で突っ込んではいけない
私は腕を組む
「走る競技なのに、暴走禁止……」
「だからこそ、角度が重要なのです」
彼女は静かに微笑む
「前方パスは一回のみ。後方パスは自由。横展開が主戦術になります」
なるほど。縦へではなく、横へ
「得点はタッチダウン六点、トライ一点。フィールドゴールはありません」
「スピード特化、ですね」
「ええ」
彼女はボールを拾い上げる
「では、ノヴァ。まずは軽くフォーメーションから確認しましょう」
私は頷く
走るだけでは、勝てない
ぶつからずに、突破する
それは少しおかしくて、けれど理にかなっている
ラインに立つ
「五秒後にラッシュします」
彼女の穏やかな声が、静かに響く
スナップ
私は横へ動き出した
七十ヤードの静かな戦場が、今、動き出す
後編を第3章『球技』のレースBGMと共にお楽しみ下さい
スナップと同時に、ボールが静かに動き出す
私はワイドへ開いた
真正面に突っ込む衝動を、ぐっと抑える
「フェイクを」
ミカヅキの声は穏やかだが、指示は明確だ
私は一瞬、内側へ角度を切る
ディフェンスがわずかに寄る
その隙に、ボールは逆サイドへ後方パス
横へ、横へ
包囲角度を作る
七十ヤードの空間を、ゆっくりと歪ませる
「五秒」
カウントが終わり、ラッシュが来る
だが正面からは来ない
いや、来られないか
正面衝突は禁止
押し合いもない
代わりに、静かな包囲が始まる
二頭が角度をつけて寄る
単独タッチでは止まらない
二点同時、あるいは二頭同時接触が必要だ
私は一瞬、全力で直線加速したくなる
だが、それは罠だ
フル加速状態での接触は禁止
「落として」
ミカヅキの声
私はスピードを一段階下げる
制御された加速
彼女が前に出る
その巨体が、視界を覆う
ぶつからない
けれど圧がある
ディフェンスが自然と角度を変える
「……存在感で押している」
思わず呟く
「押してはいません」
優雅に否定される
彼女はただ、そこにいるだけ
だがその“そこ”が、空間を支配している
私は再び横へ展開
セーフティが深く構える
この競技で最重要の位置
最後の砦
直線を消し、角度を読む者
私はフェイクで一歩内へ
セーフティがわずかに前に出る
その瞬間、私は外へ角度を変える
「今です」
ボールが来る
私は受け取り、エンドゾーンへ向かう
誰も正面からは来ない
と思ったが、二頭が同時に寄っている
上半身と馬体へ、同時タッチ
「止まりました」
私は静かに息を吐く
「惜しかったですね」
「ええ」
次のプレー
今度は私が囮になる
直線突破を見せかけ、急に減速
その背後を、ミカヅキが静かに通り抜ける
気づいたときには、彼女がエンドゾーンに立っていた
動きは大きくない
だが、確実だ
体験を終え、私は素直に言う
「ケンタウルスの体でアメフトって、壊れるイメージしかありませんでしたが……しっかり楽しめますね」
ミカヅキは微笑む
「壊れるのは、力をぶつけるからです」
少し間を置き、続ける
「力を使う方向を変えれば、壊れません」
彼女の巨体が、静かに風を受ける
「走ることは、押すことではありません。通すことです」
私は70ヤードのフィールドを見渡す
正面衝突ゼロ
それでも、確かに熱い
私は、もう一度ラインに立った
次は、もっと綺麗に角度を作りたい
圧は静かに、そこにあった
次節へ
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