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【惚れさせて、振ってやる!】第1章 「無意識の刷り込み」

第1章テーマは、サブリミナル・プライミング(Subliminal priming)
サブリミナル・プライミングは【意識的に知覚できない“ごく短時間・弱い刺激”が、その直後の判断や選択に小さく影響する】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第1章 「無意識の刷り込み」をお楽しみ下さい

序章

私は作戦を立てた

あの御宅 隆司を部屋に呼び出す口実は簡単だ。フィギュアの確認、限定版の箱の保存状態、相場のチェック……いくらでもある。彼はそういう話題になると必ず乗ってくる

そしてそのたびに、私は自然を装いながら「褒める」「感謝する」を繰り返すのだ。たとえ相手が汗だくのぽっちゃりオタクでも――いや、だからこそ徹底的にやってやる

「お、お邪魔するお……ぐへへ、相変わらず尊いラインナップだお」

隆司が部屋に足を踏み入れた瞬間、汗と一緒にオタク特有の擬音を撒き散らす。私は思わず顔をしかめそうになるが、ぐっと堪えた。ここで表情を崩しては“完璧美少女”の名が廃る

「ねえ、このフィギュア、ちょっと見てくれない?」
「ふひひww 了解だお。……おおっ!? この角度、公式初期ロットの特徴だお! 鼻の塗装が微妙にずれているのが神回仕様なのだ!」
「すごいね、隆司君。やっぱり詳しいんだね。助かるよ」

さらりと感謝を添える。隆司は「デュフフ」と鼻を鳴らしたが、特に照れた様子もなくフィギュアを回し続ける。普通ならここで赤面するはずだが、やはりこの男は三次元には無関心らしい

だが、私は引かない。繰り返すことに意味があるのだ

「この保存用ケースも、サイズぴったりか見てほしいんだけど」
「任せろお。俺みたいな社会不適合者w こういうことだけはガチ勢だお」
「本当に助かる。こういうの、自分じゃ不安でさ」
「ふひひww まあ当然の知識なのだ」

私はさらに畳みかける

「ありがと、隆司君。やっぱり君に頼んでよかった」

……傍から見ればどうだろう。完璧美少女が、汗でテカるオタク男子を前に、ひたすら「すごいね」「頼りになるね」と褒めちぎっている。冷静に考えれば、滑稽以外の何物でもない

だけど私は真剣だ。これが私の誇りを取り戻すための戦い

隆司は相変わらず表情一つ変えず、フィギュアに夢中だ。けれども、心の奥底ではどうだろう。ほんの少しでも、私の言葉が響いているはず。無意識のどこかに「玲奈=いい感じ」という印象が刻まれていく……そんな確信めいた予感があった

私はわざとらしく息を吐き、ペットボトルを開けて一口飲んだ。演出のひとつだ

「……隆司君がいてくれて、本当に助かってる」
「デュフフww 俺の推し知識が役立つとか、脳が震えるお」

その瞬間、私の胸にもわずかな違和感が走った
――なぜ私は、こんなに真剣に汗だくオタクを褒めているのだろう? 
だが、考えるのは後だ。今はとにかく続けるしかない

「じゃあ次は、この棚の配置も見てほしいんだけど」
「ぐふっ……! この並び、尊いお! 推しが中央に立つと映えるのだ!」
「やっぱり隆司君に頼むと違うなあ。ありがと」

私の声は自然と柔らかくなっていく。言葉を重ねるごとに、自分でも気づかぬうちに“感謝の回数”が増えていた

冷静に振り返れば、これはもう媚びに近いのかもしれない。だが、隆司はそんなこと意に介さず、ただフィギュアを愛でている

――無関心なようでいて、心のどこかに小さな種は蒔かれている
私はそう信じて、さらに言葉を重ねた

翌週も、私は同じように隆司を部屋に呼び出した。口実はいくらでもある

『新しいフィギュアが届いたから状態を見てほしい』
『限定ケースのサイズ感をチェックしてほしい』
……彼にとっては絶対に抗えない誘い文句だ

「ふひひww また新入りかお? 尊いお……!」

段ボールを開けるや否や、隆司は目を細めてフィギュアを取り出す。汗で前髪が額に張りついているのに、本人は全く気にしない

「やっぱり隆司君は頼りになるなあ。こういう細かい違い、私には分からないから助かるよ」
「デュフフww 当然なのだ。俺は推し知識ガチ勢だからな」

私は頷きながら、内心でにやりと笑った。褒め言葉を挟むたび、彼は照れるでもなく淡々と語り続ける。だが、その口元の緩みは以前よりもほんの少しだけ柔らかい気がした

それに気づいた私は、さらに言葉を重ねる

「ほんと、隆司君がいてくれると安心する」
「ぐふっww そ、そんなこと言われても……俺なんて三次元に価値見いだせない社会不適合者w」
「そんなことないよ。少なくとも私はすごく助かってる」

――我ながら必死すぎる。だが、ここで引いたら意味がない
私はメモ帳を広げ、わざとらしく「隆司君のアドバイス」なんて書き込んでみせる

「ちゃんと残しておかないと、忘れちゃいそうで」
「お、おう……俺の言葉が記録されるとか草」

傍から見れば、完璧美少女がぽっちゃりオタクを神のように崇め、ノートにありがたく書き留めているという異様な光景だろう。だが私は真剣だ。これも戦略のひとつ

その日も何度も「ありがとう」「助かるよ」「隆司君は本当に詳しいね」と繰り返した。気づけば夕暮れ、窓から差し込むオレンジ色の光が部屋を染めていた

帰り際、隆司は振り返ってぼそりと呟いた

「……お前、なんか最近……変だお」

私は一瞬ドキリとしたが、すぐに笑みを作った

「変? どういう意味?」
「なんつーか……俺の推し語りに、やたら乗ってくるし……デュフフww ま、まあ悪い気はしないけどお」

そう言って、彼は照れ隠しのように鼻を鳴らした
――確かに、変だろう。冷静に見れば、美少女が汗だくのデブオタ相手にひたすら褒め言葉を浴びせ続けているのだから
でも、いい。私の狙いはそこにある

隆司が去った後、私はベッドに倒れ込んだ。顔はにやけていた

「ふふっ……少しずつ、効いてきてる」

無意識に刷り込むように繰り返した言葉たち
それが彼の中にどんな芽を残しているのかは分からない
けれど――確かに何かが動き出した気配はあった

私はカーテンを閉め、深く息を吸い込む

「次は……もっと踏み込んでみよう」

胸の奥に小さな高揚感を抱えながら、私は次の作戦を思い描いた

次章へ

↓最後に、第1章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓


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