【星の力を借りて恋を紡ぐ】第1章 「こと座に響く言葉とプライミング」
第1章テーマは、プライミング効果(Romantic Priming under Cosmic Stimuli)
プライミング効果は【先行する刺激(言葉・映像・感覚)が、その後の思考や行動に無意識のうちに影響を与える心理効果】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第1章 「こと座に響く言葉とプライミング」をお楽しみ下さい
序章
妹の昴(すばる)に頼みごとをする時ほど、緊張することはない。彼女は頼めば快く動いてくれるが、代償が必ずついてくる。今回も例外ではなかった
「兄ちゃん、澄玲(すみれ)先輩とデートの約束、取ってあげてもいいよ?」
軽い口調でそう切り出す昴に、僕は思わず身を乗り出した
「本当か? 本当に頼めるのか?」
「うん。ただし条件があるけど」
彼女はにやりと笑って、指を二本立てた
「一つ目は、駅前で期間限定のプリンを買ってきて。あれ人気で並ぶけど、絶対に手に入れてね」
「……まあ、それくらいなら」
「二つ目は、デート当日まで毎晩、私に“こと座の神話”を暗唱して聞かせること。噛んだらやり直しだから」
「な、なんだそれ」
「練習あるのみ。だって先輩に語る時、どもったらダサいでしょ?」
結局、僕は甘い物に釣られた昴の要求をのむしかなかった。大学生が妹に神話の暗唱を毎晩聞かせるなんて、冷静に考えれば滑稽だ。だが、真剣にやるしかない
その日から、僕の部屋には不思議な儀式の時間が生まれた
「オルフェウスは、竪琴を奏で――」
「声小さい。もっと感情込めて!」
「……永遠の愛を誓って――」
「はい、やり直し。語尾が死んでる」
毎晩、妹の厳しいダメ出しが飛ぶ。大学の授業の予習よりも、暗唱練習の方がよほど時間を奪った
だが不思議なことに、繰り返すうちに物語の節回しが体に染みつき、言葉が自然と口をついて出るようになっていた
オルフェウスが竪琴を奏で、愛する妻を冥府から取り戻そうとする場面では、気づけば自分でも胸が熱くなるほどだった
そうして迎えた当日。観測地の丘は風が冷たく澄み、頭上には無数の星々が瞬いていた。澄玲は夜風に揺れる髪を押さえながら、微笑んだ
「本当に綺麗ですね。あれが……こと座ですか?」
「そう。オルフェウスの竪琴だ」
僕は指先で星を結ぶ線を示した。彼女は礼儀正しく頷き、静かに目を向ける
ここで言わなければ――
練習の成果を試す瞬間が来た。喉がからからに乾く。それでも、毎晩繰り返した言葉が背中を押してくれる
「竪琴の音色は、愛する人の心を揺らすと伝えられている。オルフェウスは、その音に“永遠の愛”を託したんだ」
思ったよりも自然に声が出た。詩の一節を口にするように、すらすらと
澄玲は一瞬、驚いたように目を見開き、そしてそっと視線を逸らした
「……すてきなお話ですね」
夜気に揺れるその声は、わずかに震えていた
気づけば僕の心臓も強く鳴っていた。妹に振り回された練習が、まさかこんな形で役に立つとは
空に輝くこと座の光は、まるで僕たちの会話を見守っているように感じられた

こと座の星を見上げる澄玲の横顔は、どこか夢見るようで、これまでの快活な印象とは違って見えた。僕は胸の奥が熱くなるのを感じながらも、言葉を探して口を開いた
「その竪琴は、神々の宴でも冥府でも、誰の心も揺さぶった。……だから、僕も――」
そこで言葉が詰まる。練習ではスムーズに出ていたはずなのに、肝心な場面で喉が固まった
すると、隣で小さな声が漏れた
「……続きが、気になります」
澄玲は恥じらうように視線を落とし、星明かりの下で頬をほんのり赤らめていた
慌てて頭の中をさらう。そうだ、毎晩昴に何度も言わされ、暗唱させられたフレーズ。あの時の厳しい声が耳に甦る
『兄ちゃん、そこで止まったら意味ないでしょ! “永遠の愛”をちゃんと響かせなきゃ!』
僕は深呼吸して、声を整えた
「だから僕も、君に……永遠の愛を誓いたい」
言い終わった瞬間、自分でも顔が真っ赤になるのが分かった。大学二年が言うには、あまりにも青臭い言葉だ
だが澄玲は、目を丸くしたまましばらく黙っていた。やがて、唇にかすかな笑みを浮かべる
「……とても、不思議です。こんなに真剣に言われると、胸がざわめきますね」
彼女の声は震えていたけれど、確かに温かかった
――その瞬間、僕は心の中で昴に感謝した。毎晩の暗唱も、行列に並んでまで買ったプリンも、すべて馬鹿げた要求に思えていたけれど、今こうして役に立っている
帰り道、駐車場へ歩きながら、澄玲がぽつりと口を開いた。
「高坂さんって、すーちゃんに振り回されるタイプですか?」
「……まあ、否定はできない」
「でも、そのおかげで今日、こんなに素敵なお話を聞けたんですね」
そう言って微笑む彼女の顔は、昼間のスポーツ少女のものでも、詩集を抱いて涙を流した夜のものでもなかった。柔らかく解けて、僕だけに見せるような表情だった
車に戻ると、助手席にはプリンの空容器があった。いつの間に
「……あいつ、やっぱりただじゃ済ませないな」
苦笑しながら、僕はハンドルを握った
ふと、隣に座る澄玲が窓の外に目をやる
「今夜の星、忘れられません」
その言葉に、僕の胸も静かに震えた
星の光は遥か昔のものだという。それでも、今ここで僕たちを照らしている
何気ない日常の延長でしかなかった合宿の送迎が、こうして特別な夜に変わるなんて――
そう考えると、妹に振り回された“おかしな行動”も悪くなかったと思えてくる
そして僕は、澄玲ともう一度この星空を見上げたい、と自然に願っていた
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↓最後に、第1章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓
