【私だけに向けられる意地悪】第5章 「特別でありたい、ただ一人に」
第5章テーマは、スヌーティ効果(Snob Effect)
スヌーティ効果は【他人と同じものを持つことを嫌い、希少性のあるものを選びたくなる心理効果】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第5章 「特別でありたい、ただ一人に」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
結婚を意識し始めた頃のことを思い出すたびに、私はいつも笑ってしまう
だってパパのプロポーズは、どう考えても普通じゃなかったから
あの日も彼は相変わらずだった。待ち合わせの公園に着いた私を見て、開口一番
「おい、そのワンピース、似合ってねぇぞ」
胸がチクリとした。せっかく選んだのに、第一声がそれ?
「……じゃあ帰る」そう言って背を向けようとした瞬間、背中に声が飛んできた
「でも俺にとっちゃ、それが一番似合ってんだよ。他の誰かが褒めるより、俺が意地悪言って笑うのが似合う。そういう服だ」
理不尽にもほどがある。けれどその理不尽さが、なぜか胸の奥を温める。私だけに向けられる言葉だからだ
ベンチに腰かけて、彼はポケットから小さな箱を取り出した。真顔になった瞬間、私の心臓は跳ね上がる
「お前な、俺がからかうのはお前だけだ。他のやつには絶対やらねぇ。特別だからだ」
その言葉に思わず笑ってしまった。普通は「大事にする」とか「幸せにする」って言うところじゃないの?
けれどパパは真剣だった。にやりと笑いながら、でも目だけは真っ直ぐで
「俺の一生分の意地悪、受けてくれ」
「……それ、プロポーズの言葉なの?」
「他にどう聞こえるんだよ」
呆れたけれど、心の奥底ではわかっていた。意地悪もからかいも全部、私にだけ向けられてきたことを
小学生の頃からずっと、それは変わらない証拠だった
私は笑いながら涙がこぼれそうになるのを誤魔化した
「じゃあ、覚悟しなきゃね。私も一生、からかわれ続けるんだ」
「おう、安心しろ。一生分用意してる」
人から見れば妙で、ひどい言葉のように聞こえるかもしれない。でも私にはわかる。それが彼なりの愛情表現であり、私にだけ与えられる特別な証だった
周りにいた子どもが「プロポーズだ!」と冷やかし、犬の散歩をしていたおばあさんまで「ひどい旦那になるよ」と笑った
けれど私は心の中で「違うんです」と何度も答えていた。
――ひどいんじゃない。私だけの特別なんです
パパが差し出した小さな箱を開くと、シンプルな銀の指輪が光っていた。飾り気はない。でも私にとっては世界で一番輝いて見えた
「……はい」
その一言を口にした瞬間、私は「意地悪を独占する人」になった
こうして私たちの結婚への道が始まった
冷静に考えれば「独占される意地悪」ほど妙なものはない。でも、それこそが私とパパにしかない愛の形だったのだ

結婚式の前夜。落ち着かなきゃいけないはずなのに、私はなぜかずっとそわそわしていた。部屋に並べられたドレスと靴を見つめては、心臓が早鐘を打つ
そんな時、窓の外から「おーい!」という声。まさか、と思ったら本当にパパが来ていた。工事現場帰りのような格好で
「ちょっと!明日式なのに、なんでここに!」
「お前が寝れなさそうな顔してんの、遠くからでもわかるんだよ」
根拠のない自信。相変わらずだ
「式前夜に花嫁の顔見るとか縁起悪いでしょ」
「俺はお前に一生意地悪する予定だから、今さら縁起とか関係ねぇだろ」
呆れつつも、胸が温かくなる。この人は本当に、どうしても私にだけ意地悪をしていたいらしい
彼はコンビニ袋を差し出してきた。中身はポテチと炭酸
「これ食って落ち着け。明日泣いたら化粧崩れるぞ」
「……女心台無しにしてくれるわね」
「でも俺だけは、泣き顔も笑ってやれるから安心しろ」
普通なら慰めや甘い言葉が並ぶ場面なのに、この人は堂々とからかいを差し出す。でも私は知っている。それが彼なりの守り方なのだ
ベッドの端に腰掛けると、彼も隣に座った
「なぁ葉乃。俺、やっぱすげぇと思うんだ」
「何が?」
こんなに意地悪言ってんのに、まだ一緒にいようとしてくれるお前が」
言葉に詰まった。そう言われると確かに変だ。でも、それこそが私たちだ
「だってね……」私はゆっくり答えた。「煌君の意地悪は、私だけに向けられるでしょ? 誰にも分けないでしょ?」
「当たり前だ。俺の一生分の意地悪、全部お前専用だからな」
真剣な顔でそんなことを言うから、笑いながら泣きそうになる。こんな告白、世界のどこを探してもないだろう
夜は更けていく。ふたりでポテチをつまみ、くだらない会話をして、時々沈黙して。時計の針が午前零時を過ぎたころ、彼がぽつりと呟いた
「明日からは“旦那”になるんだよな」
「そうね。私は“奥さん”」
……でも俺は変わんねぇぞ。明日からも明後日からも、一生、お前だけをからかう」
その言葉に、私は小さく笑って頷いた
「うん。その意地悪を一生受けられるなら、私は幸せだよ」
翌朝、朝日が差し込む頃。式場へ向かう準備をしながら、私は確信していた
――笑われても、呆れられてもいい。私だけに向けられる意地悪がある限り、私は一生幸せでいられる
以上で、【私だけに向けられる意地悪】の物語はおしまいです
この物語に登場する恋愛心理学の正しい使い方を知りたい方
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