第2章『食路』第2節:選ばれなかった一杯 ー クロウヴァ ー【ケンタウルスストーリーイベント】
前回のあらすじ
ラーメンやまもとを出たあと
私は交差点の角で立ち止まる影を見つけた
進むでもなく、戻るでもない
ただ、そこに留まっている
黒地の羽織
控えめに織り込まれた金糸が、光の角度によって一瞬だけ浮かび上がる
彼女は足元に落ちた花びらを拾い上げ、指先で弾いていた
一枚、また一枚。数えるように、確かめるように
視線が合っても、すぐに言葉は来ない
代わりに、少し間を置いてから尋ねられる
「今日は、どちらへ行く予定ですか?」
即答を求める響きではなかった
私は直感する
この人は“答え”よりも、“分かれ目”を見ている
「まだ、決めていません」
そう返すと、彼女は小さく頷いた
「それなら、今は立ち止まるのが正しいですね」
否定でも肯定でもない
ただ、今の状態を受け取った言葉だった
その背後から、迷子さんが現れる
「次のゴールは、春日原だよ」
今回向かうのは、ISORA CAFÉ
春日原駅近くのカジュアルカフェ&ビストロ
おしゃれで落ち着いた雰囲気の店内では、コーヒーやスイーツはもちろん
パスタや軽食メニューも楽しめるわ
ランチからディナーまで幅広く利用でき
カフェタイムのひと休みや女子会
記念日の食事にも対応
全席禁煙でゆったりと過ごせる雰囲気が魅力よ
「一杯を決めなくても、行く価値がある」
迷子さんはそう言って、私と彼女を見比べた
「ノヴァ、紹介するね。クロウヴァ」
黒鹿毛のケンタウルス
静かな眼差しは、私ではなく、私たちの立っている位置そのものを見ている
「走る前に、決め事はしません」
クロウヴァが言う
「途中で、変わるかもしれないから」
それは遠回しな宣言だった
最短を選ばない、という

コースは、ほぼまっすぐ
最初こそ高低の変化もあるが、ほぼ平坦
私は蹄を揃える
クロウヴァは、ほんの少しだけ遅れて動いた
「速さは、意味を決めません」
「じゃあ、何が決めるんですか」
「残るかどうか、です」
私は走りながら、彼女の歩幅を測ろうとする
だが、一定ではない
わずかに揺れる
まるで、分岐ごとに未来を量っているみたいだった
おかしい
カフェ一軒に向かうのに、ここまで慎重になる必要はない
それでも私は、歩調を合わせる
合わせてしまう
花びらを弾く指先と同じように、彼女は走りながら、選ばれなかった可能性を一つずつ地面に落としていく
ゴールはまだ見えない
けれど、すでに一杯が選ばれない予感だけが、静かに残っていた
私は、その予感を追い越さないように走る
後編を第2章『食路』のレースBGMと共にお楽しみ下さい
走りながら、違和感を覚えた
クロウヴァは現在の話をあまりしない
代わりに、少し前の分岐を振り返る
「もし……さっきの道を曲がっていたら、違う景色がありましたね」
私は脚の運びを整えながら答える
「でも、こっちで合ってますよね」
クロウヴァは、否定もしないし、肯定もしない
「ええ。ただ、別の可能性があっただけです」
その言い方には、後悔も期待も含まれていない
あった、という事実だけが、淡々と置かれる
私は戸惑う
選ばなかった道の数だけ、会話が増えていく感覚に
走るという行為は、本来、前だけを見るものだ
それなのに、私は今、背後の分岐を数えながら脚を動かしている
カフェに向かう途中で、未来の反省会をしているようなものだ
おかしい
でも、クロウヴァは真剣だ
歩幅は一定ではない
わずかに揺れる
その揺れに合わせて、私も速度を調整する
「急がないんですね」
私が言うと、彼女は少し考えてから答えた
「急ぐと、選ばれなかったものが追いつけなくなります」
意味は分からない
けれど、脚が勝手に納得する
やがて、カフェが見えてくる
店内は程よく賑わっていて、音も匂いも柔らかい
席に着き、メニューを開いた瞬間、私は息が詰まった
選択肢が多い
さっきまでの走行より、よほど判断が重い
私はページを行き来する
決めきれない
その間、クロウヴァは注文しない
「決まったら、教えてください」
それだけ言って、待つ
急かさない
助けない
ようやく私は一つを選ぶ
口に出した瞬間、少しだけ肩の力が抜けた
クロウヴァは、その名前を一度だけ、心の中でなぞるように呟く
「……そうですか」
それ以上、何も言わない
選んだものについて、評価もしない
飲み物が運ばれ、一口飲んだあとで、私はふと口にする
「これで良かった、ですよね?」
クロウヴァは、カップの向こう側を見たまま答える
「良し悪しは、もう決まりました。選んだ瞬間に」
少し間を置いて、こう続ける
「でも、選ばれなかった一杯は、まだここにあります」
テーブルの上には、何も残っていない
それなのに、その言葉だけが、妙に重く残る
店を出る頃、私は気づく
ゴールしたはずなのに、選ばなかったものの方が、後ろからついてきている
走り終えた脚は軽い
けれど、心は少しだけ振り返り続けている
私は、それを振り切らずに歩き出した
次節へ
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