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【シンクロのレシピ】第1章 「真似っこの方程式」

第1章テーマは、過剰模倣(Over imitation)
過剰模倣は【他者の行動を観察した際、結果に不要な動作まで含めて忠実に模倣してしまう現象】というものです

しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります

それでは、第1章 「真似っこの方程式」をお楽しみ下さい

序章

放課後の教室は、夕陽の色でゆっくりと溶けていく
黒板に映る影が伸び、誰もいない窓際に風が通る
机に残ったチョークの粉を指でなぞっていると、背後から声がした

「ねぇ、夢凪(ゆな)。今からちょっと、儀式をするわよ」

玲蘭(れいら)だった
手には花柄のハンカチ、顔は真剣そのもの
何を言い出すのかと思ったけれど、私はただ頷いた

「……儀式?」
「そう。私にしかできない“友達の作り方”。選ばれた人しかできないの」

その言葉の中の“選ばれた”という響きに、彼女の自信が滲んでいた
私が何か言う前に、玲蘭は机の前に立ち、まるで舞台の中央に立つように顎を上げた

「まず――手を叩いて」
「……うん」
「それから、一回転して」
「……こう?」
「最後に、笑うの」

夕陽がカーテン越しに差し込み、彼女の髪を金色に染めていた
私は言われた通りに、手を叩き、くるりと回って、笑った

その瞬間、玲蘭の瞳がぱっと輝いた

「ふふっ、完璧ね。これであなたは、正式に私の友達よ」

まるで何かの魔法に成功した子どものように、満足そうな笑み
その笑顔を見て、私は胸の奥が少しだけ温かくなった

「……それ、意味あるの?」
「あるに決まってるじゃない。特別な“友達の印”よ。私が決めたの」

玲蘭は腰に手を当てて、誇らしげに言う
けれどその声の端には、ほんのわずかな照れが混じっていた

私は笑って、机の上に手を置いた

「……玲蘭、こういうの、好きだね」
「べ、別に! あなたが真面目な顔でやるから、こっちまで変な気分になっただけよ」

彼女の頬が、夕陽より少し赤く染まっていた
沈黙が落ち、風がまたカーテンを揺らす
私たちの間に漂う空気が、少しだけ柔らかくなる

「……夢凪」
「うん?」
「なんで、そんなに静かに笑うの……」

不意に聞かれて、私は答えに詰まった
理由なんて、考えたこともなかった
ただ、彼女が楽しそうだったから――それだけ

「……玲蘭が、笑ってたからだよ」

そう言うと、玲蘭のまつげがかすかに震えた
一瞬、彼女の目が私の方に向いて、すぐに逸らされた

「な、なにそれ……変なこと言わないでよ」

口ではそう言いながらも、指先がスカートの裾をいじっている

私はその様子を見て、胸の奥に小さな音を聞いた気がした
ポン、と何かが跳ねるような音
きっと、あれは風のせいじゃない

教室の窓の外では、オレンジ色の空がゆっくりと群青に変わりつつあった
玲蘭は腕を組んで、わざとらしく咳払いをした

「とにかく、今のは忘れなさい。儀式は一回きりだから」
「……うん、覚えておく」
「ちょっと! そういうのがズルいのよ!」

彼女の声が跳ね、私の笑みがこぼれる
気づけば、夕陽がもう半分沈んでいた

あの“真似っこ”が、どんな意味を持つのか
その時の私はまだ知らなかった
ただ――その小さな儀式の中で、私の心は、確かに玲蘭の笑顔を覚えたのだ

翌日、教室の窓から見える空は、昨日と同じようにゆるやかな夕焼けに染まっていた

廊下からは部活の声が遠くに響き、消しゴムのかすが机の上で転がる音だけが近かった

玲蘭は、また私の席の前に立っていた。腕を組んで、何か企んでいる顔

「昨日の儀式、ちゃんと覚えてる?」
「……うん」
「ならいいの。今日から“応用編”に入るわ」

その言葉の響きに、思わず笑いそうになる
儀式に“応用”があるなんて、どんな発想だろう
でも、玲蘭はいたって真面目で、冗談の匂いがまるでしなかった

「今度はね、私の動きをそっくり真似すること。どんな時でも」
「……どんな時でも?」
「そう。授業中でも、掃除中でも、笑う時も。いい?」

私は少し考えてから、こくりと頷いた
理由は分からないけれど、玲蘭が真剣な顔をしていると、断る気になれなかった

それから数時間、私の行動は小さな実験のようになった

玲蘭がノートを開けば、私も開き、彼女が髪を耳にかければ、私も同じ動作をする
彼女がため息をつけば、私もつく
隣の席でそれを見ていた友達がくすくす笑っていたけれど、私は気づかないふりをした

玲蘭は最初こそ得意げだったが、次第に落ち着かなくなっていった

「ちょ、ちょっと、そこまで真似しなくていいのよ!」
「……だって、言ったじゃない。どんな時でもって」
「……そ、そうだけど……!」

その瞬間、彼女の耳まで真っ赤になった
私は思わず小さく笑った
その笑い声に、玲蘭は目を逸らしたまま口を尖らせる

「もう……あなたって、本当に変な子ね」
「……玲蘭が始めたんだよ」
「理屈では、私が正しいの!」
「……うん。でも、楽しいね」

彼女はしばらく黙っていた
窓の外では風が鳴り、夕陽が机の上の影を長く伸ばしている
玲蘭の表情が、いつもより少し柔らかく見えた

「……ねぇ、夢凪。なんでそんなに素直なの?」
「え?」
「私が何言っても、“うん”って言うじゃない」
「……玲蘭が、楽しそうだから」

その一言が、教室の空気を止めた
玲蘭は少し口を開いたまま、言葉を探すように目を瞬かせた
やがて、小さく息を吐く

「……ずるい。そんなこと言われたら、変な感じになるじゃない」
「変な感じ?」
「べつに、悪い意味じゃないけど……あーもう!」

勢いよく振り向いた彼女の髪が、夕陽を受けてきらめく
その背中を見ながら、私は笑っていた
笑うというより、心が勝手に動いた感じ

玲蘭は扉の前で立ち止まり、振り返る

「今日の分の“真似”は、これで終わり。……でも、明日は許可なく真似していいわ」
「……それ、どっちなの?」
「いいのよ。そういうのが、友情ってものだから!」

そう言って、彼女は少し照れたように笑った
夕陽が完全に沈む前、その笑顔だけが光の中に残った

私は机に手を置き、静かに息をついた
――あの儀式も、真似も、きっと全部“特別な遊び”のはずだった
けれど今はもう、胸の奥で別の名前を持ち始めている

それを言葉にするには、まだ早い気がした
だから私はただ、玲蘭の残したぬくもりを指先でなぞる

窓の外の空は、すっかり藍色に変わっていた
放課後の光が消える頃、私は小さく呟いた

「……また、明日ね」

その声は誰にも届かなかったけれど、たぶん、玲蘭には聞こえていた

次章へ

↓最後に、小学生時代の夢凪のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓


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