【短編小説】おばさん探偵団
テーブル席に、主婦らしき女性が三人、昼下がりの店を占領している。
店に入るなり大きな声で笑い合い、一人が冗談を言えば、すかさず誰かが突っ込む。
それを見て、残りの一人が両手を叩いて喜ぶ。
正直、リョウは少しうんざりしていた。
昨夜見たテレビ――中年女性たちが、夫のこと、子育てのこと、仕事や親戚づきあいの愚痴を、これでもかと並べ立てていた。その続きを、目の前で見せられているような気がしたのだ。
声は大きく、他に客もいない。
否応なく、会話が耳に入ってくる。
最初は夕飯の話だった。コロッケは手間がかかるとか、油の処理が面倒だとか。いつの間にか話題は、ポテトサラダに移っている。
そのうちの一人が言った。
「最近ね、隣の部屋に若い夫婦が引っ越してきたんだけど。奥さん、出産してすぐみたいでさ。朝から晩まで赤ちゃんが泣いててね」
姿はほとんど見ていない、と前置きしてから、
「大変だろうなって思って、ポテトサラダ、おすそ分けしたの。迷ったのよ、余計なお世話かもって…でも、県外で子育てしてる娘を思い出したら居ても立ってもいられなくてね。」
「そしたら?」
「泣いて喜んでくれた。なんだか、私まで嬉しくなっちゃった――」
残りの二人が、口々にその女性を褒める。
続いて、別の一人が言った。
「子育てって、本当に大変よね。うちは娘が育休明けでさ。疲れてるみたいで……」
言葉の端が、少しだけ慎重になる。
「旦那と家のこと、子どものことで、押しつけ合って喧嘩してるみたいなの。本人は言わないんだけどね」
「分かるわよ」
「雰囲気でね、あの空気」
「でも、あっという間よ」
誰かがそう言って、場を和ませる。
「大変な時期なんて、ね。
帰りに娘のとこ、お惣菜でも差し入れしよ
うかな。今日そこのスーパー安かったわよ
ね?」
三人は、また明るく笑った。
リョウは思った。
世の中は、案外こういう人たちに支えられて回っているのかもしれない。
店に入ってきたときに覚えた嫌悪感は、いつの間にか薄れていた。
知らない誰かの暮らしに、踏み込みすぎず、離れすぎず、そっと手を伸ばす。
それを、特別なことだとも思わずに。
今度は家の中で家族の捜し物を見つけた話をしているようだ。靴下の片方の行方について。
「私たち、おばさん探偵団ね」
そう言って、三人はまたはしゃぐ。
コーヒーのおかわりを運ぶと、一人がリョウに顔を向けた。
「ねえ、知ってる? マスターの秘密――」
そこまで言ったところで、
「そこまでに」
と、カウンターからマスターの声が静かに落ちた。
三人は声をそろえて笑い、何事もなかったようにさらりと話題を変える。
リョウは少しだけ残念に思いながら、カウンターに戻った。
――人の噂話なんて、たいてい、こんな感じで終わってしまう。
けれど、噂にならないところで、
「誰か」の暮らしは、「誰か」の善意で確かに助けられていて。
どことなく懐かしい気配のする午後の会話は、コーヒーの底に沈んで、静かにこの店の日常に溶けていった。
(☕️)
