【短編小説】ふわり、と雪が舞う夜に。
ふわり、ふわり、と雪が舞う夜。今夜は冷え込んで、客足もまばらだろう、リョウはテーブルを拭きながら思う。
カウンターに戻ると、入り口の鈴が乾いた音を落とした。振り返ると、常連の20代の女性が一人。いつも隣にいる彼氏は、今日は来ていない。
いつも二人で近くのイタリア料理店を訪れ、帰りには、必ずYUGEに立ち寄ってコーヒーを飲むのが彼女たちの習慣だった。会話は少なくても、端のテーブルで二人が小さく笑う姿は、リョウにとって微笑ましい光景だった。
女性はカウンター席に腰を下ろし、コーヒーを注文する。リョウは、湯気の立つコーヒーを差し出した。女性は一口含んで、静かにため息をついた。
「別れたの。」
リョウはその言葉に一瞬ドキリとしたが、動揺を押し隠し、ただ無言で頷く。
それきり、彼女は何も言わず、ただ、ゆっくりとコーヒーを飲む。その瞳は、辛そうでもないし、悲しそうでもない。
「キャロットケーキ、どうしようかな。」
女性がぽつりと呟く。いつも二人で半分ずつ分けて食べていたことを、リョウは思い出す。女性は困ったような顔のまま、少しだけ笑った。
マスターが声をかける。
「半分に切って、お出ししますよ」
女性は「お願いします」と答え、テーブルの木目をぼんやりと見つめる。
「わたしの半分、だったけど
大切だから、手放すこともあるんです。」
小さな声で、確かにそう言った。
「今も大事なのは変わらなくて。
今夜は寒いんじゃないかな――」
窓の外には、ふわり、ふわりと雪が舞う。
女性の瞳に、悲しみの色は見えない。それでも、涙がひとつぽろり、と零れた。
「きっと、同じだと思いますよ」
そう言って、マスターはキャロットケーキをそっとテーブルに置いた。女性はほんのり鼻を赤くして頷く。
リョウは窓の外を見つめる。
ふわり、ふわりと舞う雪の中、
誰かが同じ気持ちで帰り道を歩いていると思うと、少しだけ、切なさが胸に溶けていくような気がした。
(喫茶 YUGE 7杯目)

キャロットケーキの半分は、わたしの半分。本編とリンクさせた少し苦くて切ないショートストーリーはこちら☕️🍰
***
並木坂を抜けた先、路地裏にひっそりと灯る喫茶YUGE。どうやらこの店は、noteの路地裏にも繋がっていたらしい。
華やかで、まぶしい言葉が行き交う通りを少し外れると、声を張らなくてもいい場所がある。立ち止まっても、遠回りしても、誰にも咎められない場所。
路地裏の裏は、表なのだろうか。それとも、走り抜けた先にだけ、表があるのだろうか。
そんなことを考えながら、私は今日もカウンター席に腰を下ろす。ここは、決して表通りには辿り着かない、路地裏の片隅。
だけど、誰かが半分のケーキを前に立ち止まるには、ちょうどいい場所。喫茶YUGEのカウンターから、私は今日も路地裏を眺めている。
榊編集室 mashiro
