No.022: 大和神社(天理市)
石上神宮に続いて,自転車で訪れた大和神社へ。
ショートな記事です。

基礎情報
ご祭神: 倭大国魂神/日本大国魂大神(やまとおおくにたまのかみ)・八千戈大神(やちほこのおおかみ)・御年大神(みとしのおおかみ)の三柱。大和の国魂とされる地主神と,その関係神です。
所在地: 奈良県天理市新泉町160
歴史と由緒: 創建は不詳ですが,古代より「朝和の宮」と称され大和国の総鎮守でした。延喜式では「大和坐大国魂神社 三座」として名神大社に位置づけられ,二十二社(中七社)にも列しています。戦艦「大和」は当社の分霊を艦内に祀った縁があり,その戦没者は境内祖霊社に合祀されています。
式内社?: はい(延喜式内名神大社(三座)として記載)。
特記事項: 古来より国家的な八方除けの信仰があり,航海や交通安全の守護として遣唐使も当社に祈願した記録があります。また「戦艦大和」ゆかりの神社として,境内に戦艦大和記念碑が建立されています。

どんな神社?
大和神社(おおやまとじんじゃ)は,かつて天照大神と並び宮中に祀られ,天皇陛下と寝食を共にされていた特に高貴な神,倭大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ)をお祀りする神社です。
その由緒の重さとは裏腹に,現在では一般的な知名度はあまり高くないように思われ,神社自体も「地元の鎮守さま」といった素朴な印象。

長く伸びる参道は清々しく,とても心地よい空間です。境内自体はこぢんまりとしていて,落ち着いた雰囲気が漂っています。

戦艦大和のサイズと同じ距離という噂も。
知名度アップに繋がりそうな注目ポイントは有名な「戦艦大和」とのゆかり。世界最大の戦艦として知られる「大和」には,大和神社の御分霊が艦内神社として祀られていたのだとか!その関係から境内にも戦艦大和に関する掲示や展示室(博物室のような施設)が設けられています。

私自身,先祖が戦艦大和の乗組員だった縁もあり,子どもの頃からこの神社の存在はよく耳にしており,今回の訪問は特に感慨深いものでした。
どんな神様?
ご祭神の倭大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ)は,前述の通り,かつては天照大神と共に宮中で祀られていた高貴な神様です。つまり,皇室にとっては天照大神と同格の存在と考えられていたことになります。
崇神天皇の代に疫病で人口の半分が失われた際に,「神さま怖い…もう一緒にいたくない…」となって,神を皇居外に祀ることにし,天照大神は放浪の末に伊勢へ,倭大国魂神はこちらにお鎮まりになったとされるよう(人口の半分を持って行った神様は次回に紹介する大神神社のオオモノヌシ様。当時の都は奈良の桜井市周辺なので大和神社は旧・現社地ともに当時の皇居からだいたい5−6km位の位置)。

とはいえ,その具体的な神話や伝承は天照大神と比較するとほとんどないといえるレベルでしか残っていないようで,どのような神格を持つのかについては謎も多く,どこかミステリアスな存在です。
神名に「大国」の文字を含むことや,近隣に大神神社(オオクニヌシの和魂,オオモノヌシ神を祀る)が鎮座する地理的条件などから,「大国主神(オオクニヌシ)」と同一,あるいはその荒魂ではないかとする説もあるようです。
オオクニヌシの和魂・荒魂と考えると確かにバランスは良いのかも?
また,天皇陛下が皇祖神・天津神の長たる天照大神と並べてお祀りする神様が国津神・幽世の長である大国主…というコトなら,まあ納得?
私のメモ。
この神社もまた,石上神宮と同じく公共交通機関でのアクセスがやや不便です。
私は当日,直前に訪れた石上神宮からそのまま自転車で大和神社を目指すか,天理駅まで戻って電車&徒歩にするかで迷った末,地方の電車は本数が少ないことを考慮して,そのまま自転車で向かうことにしました。
結果的には,朝から見知らぬ地方都市で自転車を走らせることになり,ちょっとした冒険のような気分に。(帰りは,次の訪問地,大神神社方面の駅で自転車を返却するのが楽だったのですが,天理駅の自転車需要は高いはずなので頑張って戻りました…。)
実家には大和神社の宮司さんからのお手紙や,戦艦大和の元乗組員の会で神社を訪れた時の写真も残っており,今回ようやく現地を自分の足で訪ねることができたのは,個人的にとても感慨深い体験となりました。

─ おしまい。 ─











